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第882話「ハーム・ファニー・ジョーク」

どうも、存在自体が冗談のようなルイナです。

さて、本日のネタは第880話「ワード・オブ・カーズ」の続編という体で、
人間と言葉についてもう少し語っちゃおうという趣旨でお送りいたします。

前回では「言葉」の持つ要素として、

・「(もたらす影響が)目に見えない」
・「発信側と受信側で意識が異なる」


という2つの面を結論として持ってきました。

そして今回は後者の要素「発信側と受信側で意識が異なる」に対して、
もう少し踏み込んで語ります。


「発信側と受信側で意識が異なる」という要素について、
前回は「セクシャル・ハラスメント」を例に挙げました。
セクハラっつってもいろいろありますが、今回の論点はボディタッチ系ではなくて、
当然のことながら言葉によるハラスメント(嫌がらせ)についてです。

言葉を発した側にとっては他愛もないことであり、嫌がらせのつもりで発したわけでは
なかったとしても、それを受け取る側が気分を害したりした場合、
発言は「ハラスメント」となるのです。
「ハラスメント」とは受信側の感情にのみによるものなのです。

…まあこの考え方も問題がないわけではなくて、「痴漢(冤罪)」の話と同じで、
どんな言葉であろうと受信側が「イヤだ」と言ってしまった時点で
勝敗が決してしまうという反則的要素もありますが、今回はそこに関しては措いておく。


何度も言ってる気がしますが、「言葉」とは「発信側と受信側で意義が異なる」ものです。

「ジョーク(冗談)」だってそう。
発信側が(親しみを込めて)冗談を言ったり、相手をイジッたりすることは
この世の中で溢れまくっていることですが、受信側は必ずしもその意を汲める訳ではないのです。

私でもよく「アホかwww」とツッコミを入れたりしますが、
私の中では「アホか」という言葉に冗談と笑いの感情を込めていても、
それを言われた側は「アホか」という言葉のみを受け取ってしまい、
「自分はアホなんだ…」と自らを追い込んでしまうこともあるのです。


要は「冗談が通じない」人もいるのです。
額面通りに言葉を受け取ってしまい思い悩む人もいるのです。

そんな人に対して「冗談の通じないやっちゃなー」というツッコミを
さらに入れることもありますが、それはもはや完全に自分の感覚の押し付けに過ぎません。
本来であれば人の感覚とは固有のものなので良いも悪いもないはずなのに、
冗談が通じない、理解してくれないことを「ダメなこと」と勝手に断じてしまっているのです。



…などと、いろいろ言ってきましたが、こういうのってなかなか簡単ではないんですよね。
人間関係を円滑に回すことというのはなかなかどうして難しい。

お互いがお互いのことを尊重し理解することが出来ればいいのですが、
それが簡単にできるのなら何の苦労も問題も起こらないわけですし。

そもそも、「感覚」なんてモノは「自分一人のこと」しかわからないのです。
テレパシーなんて使えませんし。
この世で「感覚を十全に把握できる人間」はたったひとり、「自分だけ」です。

そして、他人の感覚を把握しようとするときや、何かの行動に出る際に、
サンプルケースとして持ち出されるのが「自分の感覚」なのです。
「どこまでがセーフでどこからがアウトか」という感覚は「自分が基準」となるのです。

ボーダーラインが個々に固有のものだからこそ、
言葉が「発信側と受信側で意識が異なる」ものとなってしまうのですね。




次回予告ッ!
薬は使用上の注意を守り適切な分量を服用しなければ毒薬になってしまう。
そして麻薬などの劇薬は一般人が服用・所持することはダメ・ゼッタイであるが、
水面下でわれわれの日常生活に深く浸透しているモノもあるのであった!!!
次回、「白きクスリ」! さしすせそ?

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

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