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第819話「その言葉は誰の言葉」

どうも、言葉足らずのルイナです。

関西に住んでるからってみんながみんなオモロいことをしゃべれると思ったら大間違いや!
たしかに喋りがうまいヤツの比率は多いかもしらんが、オールオブではないんや!


…なんて話はどーでもいいので、本題。

ばらばらの個人は、それぞれに呟く 「G.A.W.」

「Twitter」の話、それに連なりネットでの緩やかな繋がりについて。

話の本筋は、趣味や価値観が周囲と異なるものを持っている人間は孤立しがちだが、
ネットという世界においては趣味を同じくする人間が必ず存在し、
「孤独だが孤独ではなくなる」というようなことを言っています。

それはそれでその通りなんじゃないかと思うのですが、
今回私の釣り針に引っかかったのはその本筋の部分ではなくて、導入部分です。


発端は、とあるツイッター発言があり、それを別の人間が「好きだ」と紹介したことから注目され、
その後いろんなところで「これは良い言葉だ…」みたいな感じで広がっていったのですが、
その流れを初めて見たとき、私の中ではえもいわれぬ思いが渦を巻いたのです。

「あの人が『好きなポスト』って言ったから、他の人もこぞってあのポストが
 『良い言葉』だと思うようになったんじゃないの?」


と。これを私の視点から言い換えると、

「私のような断崖絶壁の向こう側にいる有象無象の人間が、あの発言と全く同じ
 ポストをしたとき、『好きな言葉だ』と言ってくれるヒトはいるのだろうか…?」


もしくは、

「私のような絶海の孤島の奥底にいるNPCの如き人間が、あの発言を『好きだ』と
 つぶやいたとき、『良い着眼点だ』と思ってくれるヒトはいるのだろうか…?」


と。

元のつぶやきと引用つぶやきとの間に半月ほどの期間があって、
引用されるまでの間にも各地で広がり続けていたのかもしれませんが、
少なくとも私は引用されるまで知りませんでしたし、今となっては確かめる術もありません。
それに、比べるにはフォロー数とかいった要素もあるので、一概には言えないところもありますが。


要は、「言葉って、『何を言ったか』よりも『誰が言ったか』が重視されるもの」なのかなーと。



次回予告ッ!
世の中には「ライバル」と呼ばれる関係がある。
それは好敵手とも書き共に研鑽するという意味が含まれていることもあるが、
血で血を洗う骨肉の争いを演じることもあるのであった!!!
次回、「せんとくんVSまんとくんVS…」! …もう一体いたよな…?

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

コメント

No title

こんにちは。
少し思ったことを書かせていただきます。

まず「誰が言ったか」というのもネームバリューによる広告の一つになると思います。それによって広がっていき、似た嗜好の人の目に止まる。

そして人は情報にフィルターをかけるということ。ランキングなどがその主たるものですが、Twitterではフォロー数が目安になりますよね。誰かが認めている人だからこれは価値があるものだと。

他にも多種の要素はあると思いますが、これらによって結果としてTwitterでは、『何を言ったか』よりも『誰が言ったか』が重視されるように見えるのではないでしょうか。

夢見る一般人には辛いところです(涙)。

Re: No title

コメントどうもです!

まあ今回の話では「それだけの影響力を持つに至った理由」について触れてませんので、傍から見たら嫉妬クサい文章になってるんですけどねw
年数だったり実績だったり、それらの積み重ねの結果として影響力というものがついてくるものだということは心得ております。

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