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第779話「ジニアス・エンデヴァー」

どうも、マーベラスなルイナです。

まったく意味わかりませんね!こういう時は例によって例のごとく
前説にて産みの苦しみを味わわされている時です。

めんどくさいのでスッ飛ばして本題。

才能って、結局は継続できる力があるかどうかに集約されるんじゃないかな?
「ダイアリエ「いないいないばぁ」」

「才能」について。

「才能」という言葉を紐解くと、
「物事を巧みになしうる生まれつきの能力。才知の働き。」とあります。

元記事の方では、「『才能』が無いと物事をやることが出来ない、なんてことはない」
といった論調です。それは確かにその通りで、
「継続は力なり」の格言にもあるように、何事も続けるからこそ形を成してくるものです。

で、「才能」という言葉に視点を戻すと、この言葉は「生まれつきの能力」という
意味を持つとされています。
「生まれつきの能力」と書くと、イメージとしては「天才」を思い浮かべますね。

そして「天才」も紐解いてみると、
「生まれつき備わっている、並み外れてすぐれた才能。また、そういう才能をもった人。」
とありますね。自然発生的なものだと考えられます。


さて、今の世の中においても、「天才」と称される人はポツポツいてますね。
スポーツの世界然り、学問の世界然り、芸術の世界然り。
ある分野において並外れた才覚を持ち活躍している人を世の中の一般人または
マスコミュニケーションは「天才」と呼ぶわけです。

しかしそこには落とし穴があるわけです。
「天才」と呼ばれるほどの活躍を見せる人が、最初から凄かったと錯覚してしまうのです。

そんなことはない。自然発生的な真の意味での「天才」など現実には存在しません。
そんなのは漫画の中だけです。フィクションなのです。

忘れてはならないのは、その域に至るまでに人並み外れた努力と研鑽を積んだということ。

もちろん「センス」というものは存在しています。
経験値が入りやすいか入りにくいかという個人差はありますよ。

しかし、経験値が溜まりやすいからといったところで、
経験値を溜める行動を取らなければ溜まるものも溜まりません。

一般ピープルは、とかく「出来上がりの姿」のみを見て「天才」と称しがちですが、
並々ならぬ道程が背後に轍となっていることをお忘れなきよう。







…ここからサイト論につなげたろうと思ったけど、なんかめんどくさくなったのでもういいや。




次回予告ッ!
我が日本には場の全てを自らのフィールドと化し他者を喰らい尽くす怪獣が存在する。
そして夜の帳が幕を下ろそうとする時に激烈な光を放つ化物も存在する。
そしてついに、怪獣と化物が相見えんとする!!!
次回、「決戦は金曜夜11時」! 竜虎相搏つ!!?

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

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