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第732話「EFFECT OF ABSOLUTE NUMBER」

どうも、お仕事がはじまったらいきなり更新をサボ…ルイナです。

いやー、今日は定時であがれる日だったから、急いで更新せんでも
夜の9時くらいには還って来て悠々自適に更新できるかなーと思っていたのが甘かった…
いきなり終電ギリギリまでお仕事をする羽目になるとは…

おかげさまで(?)、家に帰りついたのが0時まわってしまいましたよ。
更新なんて言ってる場合じゃねぇ!


…とまあ前説はこのくらいにしておいて、本日は久しぶりの深夜更新です。
まだだ!まだ25時だから8日付けの更新には間に合うさ!


…ムナしいだけなので、本題。

個人サイトにおける黙殺と歪曲 「じゃあ、死んで@d.hatena」

本日はこちらの記事の中に出てくる、

ネットにおいてアクセスの差は絶対です。


にスポットを当てていきたいと思います。要はアクセス論ですね。
私にのみ需要がある例のアクセスについて語っちゃう的なエントリーですよ!


さて、アクセスとは言わずもがな、サイト・ブログに訪れた人数を指します。
ダブルカウントで若干増えたり、RSSで見るとアクセスには反映されず若干減るといった
バラツキはあるものの、おおよそ正しい人数を計上しているのです。

アクセスとは訪れた人の数。すなわちサイト・ブログの記事を見に来た人の数です。
アクセスが50なら50人に読まれ、50000なら5万人に見られているのです。

それでは、今回はアクセス数から「数字」が持つ魔力と魅力を紐解きましょう。
「数字」というのは「絶対たる力」のひとつの具現でもあるのです。
私がよく使うセリフのひとつでもありますが。元ネタはもちろんアレですよ。


「数字」というのは基本的に「大きければ(・∀・)イイ!!」もしくは「多ければ(・∀・)イイ!!」のです。
おカネだって少ないよりは多い方が(・∀・)イイ!! と思うヒトがほとんどでしょう。
…借金が多い、になるとシャレにならない事態になってしまいますが。

アクセス数も同じで、大体のサイト・ブログ管理人はアクセス数が多い方が嬉しいと感じるものです。
数値的な多きを求め、大きを求めるのはもはや人間の欲求・欲望の具現なので、
斜に構えて「嬉しいとは思わない」って言い放ったところでツンデレにしかならんのです。
ウラではしっかりとデレているのですよ。
「ア、アクセスが増えたからって、うれしくなんかないんだからねっ!」ってなカンジ。
まあ嬉しく思わんヒトがいないとは言いませんけど、そんなヒトはアクセスに対して無関心であり、
そもそもアクセスカウンターを設置しないでしょう。


さて、「数字」といえばよく漫画とかゲームとかで、強さの比較のために
「数値」として算出されることがそこそこあります。
「戦闘力」とか「HP」とかそういう感じ。目には見えないチカラを「数値化」して
わかりやすくするといった目的も含んでいると思われます。

これはゲームはともかく、漫画においては両刃の剣な表現でもありますね。
数値化して可視化しないからこそ想像の余地が残されもするというのに、
数値化して可視化してわかりやすくした結果、差が絶対的なものとなるのです。
戦闘力5のおっさんでは戦闘力53万のフリーザ様には決して勝てないのです。
巫力100万(150万だったか?)のプリンセス・ハオには誰も敵わないのです。
「数値化」というのは強さの表現としてわかりやすいといった要素がありますが、
数値の低い者は数値の高い者を逆転することは出来ないという袋小路でもあるのです。


話が脇道に逸れまくったような気がするのでもとに戻しますが、
アクセス数でも似たようなことはあるのです。
いわゆる「影響力」というやつですね。

元記事でも記事を演説にたとえて、

5人の前で演説できる人間と、10万人の前で演説できる人間の差は果てしなく大きいのです。

と語るように、「数字」の差が如実に現れてくるのです。
まあ人望とかいった数値の外側にあるような要素もなきにしもあらずですが置いておく。
(むしろアクセス数が多い=出来たヒトという要素もあるかも)

そのアクセス数を得るに至るのは、例えば良い記事を書きまくったり、良い記事を拾いまくったり、
長い年月を経てきたりなどといった積み重ねがあるわけですが、
そのような「歴史」は今回の話とは関わりが薄いのですっとばします。
今回、題目に上げているのは「今、現在のアクセス数の絶対的な差」ですので。

「アクセス」という名の「数字」は絶対的な差です。
どんなに素晴らしい記事を書いたところで、見てくれるヒトが少なければ
その記事は日の目を見る可能性は低いのです。埋もれてしまうわけです。

逆に言えば、どんなにショッボイ記事を書いたとしても、それがアクセスが多い
いわゆる「大手」とか「アルファ」なサイトの記事ならばそんなもんでも日の目を見て、
たくさんはてブされて余計に周知されることになる可能性が高いのです。
(ショボイ更新ばかりしてたら目減りしていくだろうけど、それでもいわゆる「弱小」よりは
 多いアクセス数を保てるものなのです。長期間更新停止さえしなければ。)

「数字」の「差」とはそういうモノなのです。

先程「影響力」と書きましたが、「アクセス数」という名の「数字」は、
まさにサイト・ブログの力の差を示しているのです。

「この世は力こそ正義!」とか「理想を語るならそれに見合った力が必要だ!」とか
「力なき正義はただの無力!」とか、どっかの漫画やゲームでよく聞くようなセリフがありますが、
サイト・ブログにおいてもその方程式は当てはまってくるのです。

アクセス数の多い(大手)サイトと、アクセス数の少ないサイトでは、
その記事・言葉にかかる重みがまるで違うのです。
それはもう絶対的に。

稀代の名言を、一言一句全く違わず、同時に「アクセス数の多いサイト」と
「アクセス数の少ないサイト」が言ったのではどちらが評価されるか?

もちろん注目は「数に勝る方」に集まりますね。
それが「影響力」なのです。サイト・ブログにおける「絶対たる力」の「差」。



関連:

自分の意見を通したいならそれなりにアクセスのあるサイト、もしくは記事書かないと
わかってもらえない、信用されない
 「@nikutyせかんど」

タイトルは記事中の一文より。
アクセス数が少ないサイトの意見は、アクセス数の多いサイトの意見に押し流されてしまうのです。
なぜならば、「影響力」の一種でもあるのですが、アクセス数が多いということは、
「賛同するヒトが多い」ということに繋がるからなのです。
アクセスしてサイトを見るということは、そのサイトが少なくともキライではないわけで、
何かしらの共感があるからこそサイトを見るという行動に繋がるわけですからね。


これが、「発言者による説得力の差」という奴かっ!! 「愚者の愚痴」

同じ言葉でも、有名人が言うのとそんじょそこらの人間(例えば私)が言うのとでは
その言葉が持つ色合いは全く異なってくるのです。


薄れていく「誰が言ったか」よりも「何を言ったか」理論 「Geekなぺーじ」

そして言葉の内容よりも「誰の言葉なのか」が先行するのです。
サイト・ブログに置き換えても、「どこの記事なのか」がまず見られるのです。
ニュースサイトに置き換えるなら、「どこで紹介されたか」になるんですかね。
例えばある大手ニュースサイトとウチが同じ記事を紹介したとして、
「どちらで紹介された方が面白そうな記事と判断されるか?」ですね。



あ、そうそう、アクセスなんて所詮飾りですよ飾り。



次回予告ッ!
なんだかんだと言いながら結局はアクセス数が少ないことに対するヤッカミでしかなかった!
テンションが落ちた管理人はトボトボ巡回を始めたのであったが、
そこでとある奇妙な食べ物を見て管理人のココロはやにわに躍るのであった!!!
次回、「パクマン。」! エクスカリパーとかそういうイミではない。

テーマ : ブログ日記 - ジャンル : ブログ

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