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第677話「WRITING or TALKING?」

どうも、最近ネタがあるんだかないんだかわからなくなっているルイナです。

さて本日は「私は喋りがニガ手」シリーズ最終章…になればいいなぁ。
やればやるほど私自身のココロが削れていくような気がしてならんわ。

「文章書ける」俺は「会話できない」人だった 「G.A.W.」

「文章を書くこと」と、「会話をすること」、そしてそれらの方法…みたいなもの。

私もこうやってアホみたいにニュースのコメントやテキストサイトのまがい物的な文章を
垂れ流し続けているわけですが、やはり会話が苦手であるのです。
まあここ最近しこたま言ってきているような気がするので私自身もおなかいっぱいだったり。

前回までは、「しゃべりとして発信する瞬間まで不安感が付きまとう」だとか、
「その場を支配する能力に欠ける」だとか、「そもそもしゃべるネタがない」だとか、
あーだこーだとセルフプロファイリングを行ってきたわけですが、
そんな圧倒的に会話スキルが低い私でも、こうやってテキスト文章をもう2年近くも
書き続けられているわけです。本当に「ネタがない」ならここまで出来るとは到底思えない。
自分で言うのもなんだけど。

そう考えると、私という人間は、しゃべるのは苦手だけど、
テキストを書くのは苦手ではないということですね。
読書感想文が大キライだった学生時代とはえらい違いや。
(まああれは「宿題」という名の「義務」だったからツラかったというのもありますが)


さて、今回は「私は会話がニガ手」シリーズ最終章として、
「文章なら気兼ねなく発信できている」のはなぜかを考えてみます。


まず何で会話…しゃべりが苦手であるか?

それはもうこれまでに泣きそうになりながら言い続けてきた、
「不安を感じる」「場が作れない」「話が続きそうなネタを持っていない」など、
精神的に億劫になってしまうからであるわけですね。
取り越し苦労もいいとこですが、それでも私はやってない…じゃなかった、できないのです。

これらを一言で表すとすなわち「アドリブに弱い」ということになるのでしょうか。

関西地方に住む私たちにとって、会話というものはただの会話ではあるのですが、
それすなわち漫談のようなものともなっているんですよね。
要は通常会話にさえも「オチ」や的確な「ツッコミ」を求めています。
オチのない話をした日には「おもろない」という死刑宣告にも等しきセリフを
言われてしまうわけです。

トークを展開するからには面白い話でなければならない。
一般ピープルであるはずの私たちですらそういう意識が根付いているのが
関西という風土なのです。「探偵ナイトスクープ」に出てくる依頼者(シロウト)が
恐ろしいほどにオモろいのもそこらへんの意識がこびりついているからなのです。

とはいえ、いくら風土として根付いているからといって、そこに住むすべての人間が
そこまでの異常な面白さやアドリブを有しているわけではなくて、
会話にオチをつけられない人も当然たくさんいます。
てゆーかむしろそれが普通なはずなんですが。

私もなかなかオチをつけられない部類の人間なワケです。
そりゃあこの世におぎゃーと生まれて20年以上も関西に住み続けているので、
そういったオチ的なものを会話に求める感覚は染み付いています。
しかし自分でそれを発揮することができないというわけなのですね。
友人に「おもろない」と何年言われ続けてきたことか。
たまーに見事なオチやツッコミをかますことが出来たら
「どうしたん?今日は輝いてるなーw」とか言われる始末。

まあそんなこんなで、私は即効性のあるオチやツッコミがニガ手なのです。
先ほども言ったとおりに会話に不安を感じてしまう私は、
「これでいいのか…?」と一瞬ためらうわけですが、その時点でもはやアカンわけです。


一方、こうやってサイト・ブログやら何やらに文章を書いて発信するのは平気なのです。

その理由は、「自分のタイミングで発信できるから」

会話というフィールドは、「アドリブ」が場を支配しているといっても過言ではありません。
刻一刻と状況が変化しているというか、その一瞬一瞬で的確な「答え」のようなものは
変わってくるのです。「答え」というか「応え」ですね。
ですから、その一瞬を見逃さず的確に応えることができる人のことを
世の中では「空気が読める」という表現をしているわけですね。

また、会話というのは自分ひとりでは決して成立するものではなく、
必ず「相手」というモノが存在しています。
そして、自分にも相手にも固有の「空気」があるのです。
それらが混ざり合えば、それは混沌の如き複雑な様相を呈するのです。
相手の、人間の数が増えれば増えるほどさらにカオスな空間となるのです。

会話というのはそういった要素を内包しているからこそ、
なかなか自分ひとりのタイミングで発信することができないのですが、
これがサイト・ブログなどといった切り離された空間なら話は別なのです。

テキストを打っている間は、モニターの向こう側に相手がいてもいなくても、
「自分の周りには誰もいない」ことがほとんどです。
パソコン並べあって同じ空間でチャットみたいなことをするんだったら
直接会話しろよ!とツッコミが飛ぶこと必至。

要はテキストにはアドリブの度合いがかなり低くなっているのです。
文章を書ききって即発信するという状況はあまりないわけですね。
文章を書いた後に、それを推敲する時間が作りやすいのです。

そして自分のタイミングで投稿のボタンを押せるのです。
カオスな空間においてアドリブを自分のタイミングで発動させるというのは
かなりの高等技術を要しますが、テキストの投稿なんて自分の好きなときにできるのです。


…とまあ、わかったようなわからんようなことを書き連ねてきましたが、
ここでいつもの「まとまってないまとめ」を行いますと、

・会話はアドリブの要素が濃い
・文章はアドリブの要素が薄い


ということになるのかな?


まあ結局私が一連の「トーク苦手ネタ」で一番言いたかったことは、
「アドリブがうまい人がうらやましい!」ってことだったりしますw




次回予告ッ!
巡回を続けていた管理人はとある場所にて人だかりを発見する!
何事かと覗き込んだ管理人が目にした映像は想像を絶するモノであった!!!
次回、「とある奇術の仮面光線」! いかな私といえども反応せざるを得なかったw

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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