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第615話「サイトスティール」

どうも、鉄のルイナです。

…え?なんで鉄かってか?そりゃーあんた、「スティール」と「スチール」をかけてるんだよ!


…ボケを説明することほどむなしい行為は無いよな…


さて、むなしさを乗り越えて本日のネタへ。

ずいぶんと堂々とした乗っ取りもいるんだなぁ

こちらもどうぞ。

ブロガーの本人証明についてというか、増田の「乗っ取り」記事について
「遥か彼方の彼方から」

サイト・ブログにおける、中の人の「本人の証明」について。

基本的に、サイト・ブログというのは文章もしくは画像でしか判断基準が無いものですね。
だから、完全にトレースしたような感じで入れ替わられていたとしたら、
「中の人が違う」とはなかなか思えないものです。


で、私がこの記事を見て思ったことは、

「人は、誰かになれる?」

ということ。

どっかのゲームのキャッチコピーと丸かぶりのような気がしないでもないですが、
アッチには「?」マークはついていません。

サイト・ブログでは、そこそこ簡単に「思い描く人物」になることが出来ます。
知的な自分、リアルが充実した自分、オフ会に行きまくる自分、ネカマ・ネナベな自分など、
実際の自分とは異なった人格を投影し、表現することが出来ます。

ある意味では、サイト・ブログでは「理想の自分になる」ことが出来るのです。
それはすなわち、「自分であって自分ではない誰か」に「なっている」ようなものですね。


そこで、私が上で書いたキャッチコピー的なアレの最後に「?」をつけていることについて。

「思い描く自分=誰か」になることは出来ます。ボロを出さない自信があるならば。
しかしそれが、「既に存在する他人を完璧にトレースする」となると、
そうそう簡単ではないと思います。

前者の場合は結局は「想像上の存在」の枠を超えてないのですが、
後者の場合は「現実」の枠に存在しているのです。

現実にいる存在に近づこうと思っても、微妙な違和感や差異が浮き彫りになるもので、
完全同期するのは難しいのです。そりゃそうですよ、人間は一人ひとり違うのですから。
一卵性双生児ですら完全に一致するなんてことはありえないのです。


…まあ、あまり精読しなければ微妙な差異には気づかないかもしれませんけど。
そのレベルでいいのなら「誰かになれる」のかもしれません。



関連:
第270話「ルインズメモリィは作れない。」





次回予告ッ!
一時期涼しくなって快適になったかと思いきや、急に残暑がキツくなってきた!
しかし確実に夏の終わり、秋の訪れが感じられるのであった!
次回、「ウェザー・アイドル」! あの番組はガチ(?)

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