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第547話「マザーズ・ドール」

どうも、操られまくっているルイナです。

しょせん誰かの手のひらの上で踊っているだけなのだよ…!


さて、誰かに操られてこの記事を紹介する!(冗談ですが)

“あんた、ママのお人形で終わるぜ?”
母親を恨んでなんになる 「シロクマの屑籠(汎適所属)」

母親の影響から脱することが出来ない子供のお話…かな?
他人事ではないような気分にもなるところですが。

母親の操り人形…と言うとアレな感じがしますけども、
母親が子供に対して「こうあるように」望み、かつ子供が母親の望むように振舞うという
メンタリティでいると、「人形」と喩えられるような状況に立たされるのかと思います。


元記事で出てきた言葉の中に、「レールの上を走る車輪」というものがありましたが、
「母親が均した道」を進むことが出来ても、「獣道」を進むのはかなり厳しくなってしまう。
その上人生というのは年を重ねるにつれ、「獣道」を行かねばならないことが多くなるものです。

この傾向…「母親の操り人形」という状況が最も懸念されると個人的に思うのが、
「お受験」とかいったような、幼少の頃から子供に勉強を重ねさせて
「良い幼稚園」やら「有名な小学校」に入園・入学させるといったことです。

まあこれも一概に否定することではないですけれども、
遊びたい盛りの小さな子供が、わざわざ余計に勉強を重ねて受験で競い合い、
有名な幼稚園・小学校に入りたいと本当に望んでいるかというと、
どうしても疑問が残るところです。

…というか、子供がそんな判断できないと思うんですよ。
親が子供に対して「有名な幼稚園・小学校に入って欲しい」と望むわけで、
必ずしも子供の望みというわけではないと思うんですよ。

こうなってくると、親の見栄の部分が大きくなってくるように思うのです。
キツい言い方をすると、「親のエゴ」が垣間見えるような気がするわけです。
そしてこのような人生を歩まされた子供は、「レールの上を走る車輪」を磨く子供になり、
後々どうしても訪れることになる「レールの無い道」で右往左往してしまうことに
なりがちだと思うのです。


まあこの話はあくまで「そういう傾向がある」という程度の話ですので、
みんながみんなそうなるというわけではないですけども。





次回予告ッ!
学生の頃は化学の分野に身を投じていた管理人!
しかし現在はまったく化学とはかけ離れたポジションにいるのであった!
次回、「タクティシティー」!化学用語です。

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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