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第536話「周りの目が気になる管理人ルイナ」

どうも、いつも誰かに監視されているような気がするルイナです。

とは言うものの。全方位にこっちみんな( ゚д゚ )と言うわけにもいかないのですが。

さて、さっそくですが今回のお話を。

ほんとうにだいじなことは目に見えないんだよ 「Kousyoublog」

人目を気にする文化は無意味な労働を人々に強いる 「@heis.blog101.fc2.com」

…と、まさに私のことを言っているかのような記事。
私もなかなかどうして人の目と言うものが気になる性格でして、
何か作業していたときに、誰かのチェックが入ったりするとどうも緊張してしまって、
作業のスピードにブレーキがかかってしまうんですよね。

そうなってしまうのは、往々にして「自分が行っている行動に自信がない」ことに
起因するのではないかと自分で分析しているところなのですが。
「今やっていることは正しい行動なのか?」とか「これで大丈夫なのか?」とか
思ってしまうからなのでは…と考えているのですが、どうなんでしょうね。


…と、私の場合は違った意味で人の目を気にしていますが、
元記事の内容で言うと、「自分は仕事をしている」オーラを全開にしないと
ダメ人間扱いされてしまうというところ。
これは日本人の美徳であり、同時に難点でもあるところだと思います。

こういった風潮のようなものは、現在ではある程度払拭されてきてはいるでしょうが、
私の感覚を元に言うと、まだまだ根強く残っていると思いますね。

よく言われるところである、「周りが残業している中で自分が定時で仕事をあがることに対して
罪悪感のようなものを感じる」というのはまさにこのことだと思うのです。
実際に今の私は定時で先にあがるときには「なんか悪いことしたなー」って感じてしまいますよ。

仕事が多く、残業しないとこなし切れないという場合は別ですが、
(この場合は逆に「残業が規制される」ことのほうが問題になってくる)
やることが無いなら、またスケジュールに余裕があるならとっとと撤収したほうが
時間の無駄にもならないし、会社にとっても余計な給料を払わなくて済むから
良いと思うのですが、そこで首をもたげてくるのが「周囲の目」なんですよね。
言い換えると「評価のされ方」の問題といえるところです。

人が人を評価するとき、「結果」で問うと大々的に言っているところでも、
日本人というものは「結果」に至る上での「過程」の部分をよく見ているんですよね。
で、その「過程」というものがわかりやすく見えるのは、
「目に見えて活動しているかどうか」なのです。

なんだかんだ綺麗事を言っていても、「目に見えて活動しているかどうか」を
どうしても見てしまうんですよね。それで評価される傾向がまだまだ残っています。
だから、仕事をしていることを「目に見えるように」発信しないといけない。
「残っているか残っていないか」で「頑張っているか頑張っていないか」が見られるのです。
とりあえずわかりやすい判別ですからね。

こういった風潮はなかなか根深いもので、意味が薄いとわかっていても
なかなか抜け出せないものですね。
人の目を気にしてしまうのは日本人の性格的なところもあるので、
余計に振り払うのが難しいという話でした。

ちなみに、これは自分「だけ」の場合に気になる点でもあります。
周りが誰も帰らないと自分も帰りにくいけど、周りで誰かが帰るのを見かけると
その流れに乗っかって帰りやすくなるといった具合です。



…とまあ、いつもながらしどろもどろですが、本日はこれまで。





次回予告ッ!
先日おたまが振ってくるというニュースを採り上げたが、
その後さらに別のモノが降り注いだのであった!
次回、「さかなフォール!」!まさかのフォールネタ2連発w

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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