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第420話「ホトケ様がみてる」

どうも、またしても寝オチをしてしまい時間が足りないルイナです。

ここのところ寝オチをする率が高くなっているな…
そこまで疲れが溜まっているという事なのだろうか?
てゆーか私の最期が近づいてきているのかもしれない…

ぐぬぬ…やはりここは断末魔をあげる練習をしておくべきか!



…とまあ、今日もイミフな前説から入りましたが、本日のネタはこちらより。

"神様のいる場所にごみは捨てられないだろう"…ごみの不法投棄が行われている場所に
鳥居を置いたらごみが一時的に激減
 「痛ニュー速報!」

先日もこのブログにて、私の部屋に金ピカの仏像が鎮座しておられることを
カミングアウトしたのですが、なぜかその周りはホコリとかがあまり無くて、
妙にキレイになっているんですよねー。
いつも時間があまり取れないから、1週間2週間ほど部屋の掃除をしないなんてことはザラで、
ホコリや髪の毛が溜まりまくることうけあいだったりするのに…ナズェ?



…なんて、ややオカルトチックな話はさておき、ゴミの不法投棄が耐えない中、
ここはもう神様に頼るしかないと思ったのか、鳥居を設置すると、
一時的にゴミの投棄がおさまっていたとのこと。

確かに私が仮にゴミをそこいらに棄てようと思ったとしても、
鳥居とか地蔵とかお墓とかがあるようなところでは棄てたくないと思うでしょうね。
まあ仏様と神様はカテゴリーが違ってきますが、畏れをおぼえるという点では、
効果があるんじゃないかと思いますね。

意見としては、神様をゴミよけのカカシ扱いしたり、そんじょそこらに降ろすなんて
それこそバチ当たりだというものもあるでしょうけど、
日本ってもともと八百万の神がおわす国であり、万物に神が宿るという精神性が
育まれているのだから、わかりやすい形での神の具現としてこういったものを設置し、
神が視ていると暗示させるのは悪くは無いんじゃないかと思っています。


…ただ、スレの元記事にもありますけど、いくら鳥居を設置したといっても、
恒久的に不法投棄を防ぐ事ができるわけではなくて、
本当に一時的な措置って感じになってしまうというのももどかしさを感じます。

先ほども言いましたけど、仮に私が不法投棄をしようと思うとすると、
こういった鳥居があるようなところは避けるでしょう。
(無いところに棄てて帰るのかという話はとりあえず置いといて)

しかし、その鳥居に既にゴミが不法投棄されていたらどう思うだろうか?

ちょっとだけだとしたら、「うわー、バチ当たりなこっちゃなー」とか思うでしょう。
自分のことはタナに上げて。

ですが、やたらめったら棄てられていて、もはやゴミ置き場のごとくに
ゴミが散乱していたらどう思うか?

その場合は、良心の呵責に苛まれることがあったとしても、
そこに棄てて帰ろうという意識が生まれ、大きくなってくるんじゃないかと思います。



こういうのは、「神の目」ということに加えて、「周りの人間の目」というのも
大きな要素となってくると思うのです。

簡易な神を設置したとしても、周りの人間がそれを尊ばなかったら、
自分もないがしろに扱ってしまう。
ですが、周囲がその簡易な神を崇めて、ゴミを棄てるなんてとんでもないと思っていれば、
自らもそれに倣い、ゴミを棄てようなどとは考えないと思うわけです。

日本人というのは信心深いという要素もあるでしょうが、
それ以上に周りとの迎合性が大きい人種なのではないかと思います。
良くも悪くも「みんながやってるから自分もやる」「みんながやらないから自分もやらない」
というような考えを持つものだと、この元記事を見て感じたところです。





次回予告ッ!
今週末には漆黒にして甘かったり苦かったりするとあるブツの
トレードが行われる約束の時であるが、その前日には、
いかにも不吉な予感を迸らせる約束の時が刻一刻と近づいてくるのであった!
次回、「時代遅れの魔王」!セカンドでは無類の強さを発揮したのに、それ以降は…

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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