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第1548話「創作物にリアリティを求める理由」

どうもルイナです。

死んでませよこのブログは!毎回言ってるような気もするけど!

というわけで(?)、何を思ったか衝動的にテキスト更新しちゃいます。

創作における「リアリティ」の意味と、細かいことが気になる人、気にならない人のお話
(「不倒城」さん)

たまたまサイト巡回してて何の気なしに読んでたんですが、
ちょっと感じたコトを言いたくなってツイッターにでも書くかと思ったら、
想定以上にボリュームが出そうだったので半年ぶりに我がブログを掘り起こしたのでした。


結論から言うと、

・「リアリティが無いからつまらない」というより、「つまらないからリアリティが気になる」
・「リアリティうんぬん」は結局のところ「つまらない」の説明材料でしかない


ってな話なんじゃないのかなーと思ったわけです。


ある作品を見て、まずどう思うかって「面白い」か「面白くない」かだと思うんですよ。
…中間の「普通だった」とか、それ以前の問題である「どうでもいい」とかもあるけども。
とにかく、面白い、面白くない(つまらない)は感覚です。理屈で語れるようなモノではない。
だからこそ人それぞれなわけなんですよね。

ところが、あるタイミングでこの「感覚」が感覚でなくなってしまうのです。
それは「なんで面白かったか?」「なんでつまらなかったか?」を語る時。
この理由を語ることが感覚を感覚でなくするのです。


で、本題の「リアリティ」についてですが…

面白ければリアリティがあろうがなかろうがどうだっていいのです。
リアリティの有り無しで面白さを語るのはそのスジの専門家か一部のオタ気質なヒトくらいです。
一般的なヒトは面白かったらその感覚を大事にしてそこから踏み込みはしません。

では「面白くなかった、つまらなかった」場合はどうか?
ある作品を見て何かしら面白くないと思った時、その「理由」を探すんですね。
それが万人にウケているようなもの、面白くないという感覚がマイノリティな場合だと特に。
で、その理由として、槍玉として挙げられやすいのが「リアリティ」です。

だってそりゃあリアリティにツッコミを入れるのはやりやすいですよ。
なんてったって「創作物」って時点で既に完全なリアルのモノじゃないんだし。
どこかしらにウソとは言わないまでも何らかの齟齬を生ず部分は存在してしまう。
そこを鬼の首を取ったようにあげつらうのです。
ついでに言うと、自らのマイノリティな感覚をマジョリティにしたいがために、
リアリティの無さという武器を携えて面白くないという感覚を周囲に喧伝していくのです。

要するに「面白くない」「つまらない」が前提としてあるんです。
リアリティが無いっていうのは結局のところそれを補強する材料でしかない。
初見で設定を見てリアリティの無さに辟易するっていうのも、
それは初見の前に既に「つまらなさそう」という目で見ようとしていたからです。
「面白そう」と思ってたらそんなところにツッコミ入れる前に中身に触れますからね。


…ってなところで今回言いたかったのはこんなもんです。結論は最初に書いてるので。

ちなみに私は創作物のリアリティなんてどうでもいいです。
面白い作品なら言うまでもなく、つまらない作品でもリアリティについては全く気にしないですね。
ってかそんなところにツッコミ出したらスパロボの戦闘アニメなんか見てられないですよほんと!

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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