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第1488話「アニメという公園、作品という遊具」

どうもルイナです。

今回は珍しくテキスト更新です。
…「珍しく」っていうのがかつてのウチのサイトを思うと涙がちょちょぎれるな…

「砂場」としてのアニメがある、日々の楽しみ。 「たまごまごごはん」
「砂場」なんかいらない - いつだって"本気"じゃないと気が済まない君へ
「さよならストレンジャー・ザン・パラダイス」

アニメの感想における「砂場」というキーワードに対する真逆の意見。
「砂遊び( ゚∀゚)オモシレー」派と「砂遊びなんて(゚⊿゚)イラネ」派の真っ向勝負ですね。
いや別に勝ち負けとか無いですけど。


発端…というか対象のアニメは今期の深夜枠ロボットアニメの1つ「革命機ヴァルヴレイヴ」で、
この作品に対し「砂場」と表現されていることから双方の意見が出ております。

そもそも何故に「砂場」と称されているかというと、この「ヴァルヴレイヴ」という作品、
リアル系ロボットアニメとしてなかなかどうして見どころのある面白い作品なのですが、
それと同時に結構ツッコミどころの多い内容になってまして、
特にストーリー展開は斜め上を行っていると言っても過言ではないくらいに
視聴者の想像を外してくるところがあります。

私にもそういうところがありますが、視聴者の感覚としてツッコミどころに遭遇すると、
「なんやねんそれwww」みたいな感じでテレビ画面に対して1人でツッコミ入れたりします。
野球中継で投球内容やバッティングに対して素人解説してるのと似たようなもんです。

で、1人でツッコミ入れるのはもちろんそれで楽しいっちゃあ楽しいんですが、
他人が同じタイミングで同じシーンにツッコんでいるのを見かけると、
「やっぱそう思うよなァw」みたいな感じで面白ポイントを共有するんですね。

これこそが「砂場」と称されているモノでして、
そこかしこに散りばめられた面白ポイントを発掘し、それを他人と共有する。
同じ場所を掘っていることもあれば、違う場所を掘り起こして、
「そんなところにもあったのか」という感じで連鎖して共有されていく。

対象となっている「ヴァルヴレイヴ」という作品はそういったツッコミどころを
様々なところに仕込んでおり、それを多数の視聴者に敢えて指摘させる。
その指摘を視聴者レベルで横並びさせて面白さを拡張させていく効果を狙っており、
それを多人数で自由に遊べる「砂場」と表現しているのです。

対して、ツッコミどころが多いということは裏を返せば「完成されてない」ということであり、
視聴者からのツッコミが入ることによって作品が補完されていると考えれば、
ツッコまれなかったら穴だらけの作品であるということなのです。

「ヴァルヴレイヴ」という作品はツッコミどころが多くあるアニメなんですが、
それはすなわち、もうちょっと上手く作れないものかと感じられてしまうということなのです。
そういったツッコミどころを他人と笑い合えれば楽しさに繋がりますが、
ただ単に指摘するだけだと面白さ、楽しさとはかけ離れてしまいがちなのです。
言うなれば、多数の視聴者と共有すること有りきで完成に近づく作品なわけですね。


「砂場」で1人で遊んでいてもすぐにネタ切れになり退屈ですが、
多数が「砂場」に集まるとそこには千差万別の遊び方が創造され、飛躍的に面白くなる。
多人数で遊びたい時に適したモノなのですね。
逆に言えば1人で遊びたい時は「砂場」は向かないということなのです。
滑り台やブランコで遊ぶ方が面白いのです。

そういった背景から、元記事2つの真っ向から対立するような意見が出るのは
当然といえば当然のことなのです。
多数で遊びたいヒトもいれば1人で遊びたいヒトもいるわけですから。

これらはもはやスタンスの問題であり、ある意味では決して分かり合うことはありません。
いや違うな。「別のスタンスがあるということを理解すること」しか出来ません。
だから、別のスタンスを持つヒトを自らのスタンスに回天させようったって無駄です。
これらの相反する意見は相互に理解はされど、平行線を辿り決して交差はしないのです。

念のため言っておきますが、これらの意見はあくまで真っ向から向かい合っているだけであり、
そこに勝ち負けとか正しい間違っているとかいうモノは一切ありません。

敢えて言うなら、相手の意見やスタンスに対して、そんな考えは間違っているなんて言った時には、
その時点で言った方の間違いです。そんなこと言うヒトに意見を言う資格はありません。
自分はこう思っているが、他の人は違う風に思っている、と理解するだけでいいのです。

アニメその他エンターテイメントの楽しみ方としては、
自分の琴線に触れたのなら全力で楽しめばいいし、
琴線に触れなかったのなら無理して見続けたってしょうがない。
他人とツッコミ入れながら見るのも、それは「自分がそういうノリで楽しんでいる」からであり、
他人と共有せずに自己完結するのも、それは「自分がそれで満足している」からなのです。

結局はそこに集約されるんですよ。琴線に触れたかどうか。
すなわち「自分がどう感じたか」に尽きるんです。


アニメという「公園」があり、作品は「遊具」。
どの遊具で遊ぶかはそれぞれの感性と目的に委ねられるのです。







…最後に、私の個人的な感覚として元記事2つに言及すると、
2つ目の記事で「(ヴァルヴレイヴという作品の出来が)『砂場』なんて勿体無い」と
言われていますが、私は「それでええやん」って思いますね。
だってちゃんと「作り込まれた遊具」も提供されているんですから。
元記事で言うなら「マジェスティックプリンス」のようなモノが。
それに砂場だってそんなに簡単に作れるようなシロモノでもありませんし。

砂場遊びをしたいヒトもいれば、ギミックが豊富に作り込まれた遊具で遊びたいヒトもいる。
それでいいと思うのです。




テーマ : アニメ - ジャンル : アニメ・コミック

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