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第1421話「アニメ『ソードアート・オンライン』第10話は許容できるが『アクセル・ワールド』第23話は許せないという話」

どうもルイナです。

第1403話以来、およそ2ヶ月ぶりのテキスト記事です。
内容はタイトル通り、現在放送中のアニメについてのお話です。

さて、さっそく本題。

題材に挙げた「アクセル・ワールド」と「ソードアート・オンライン」。
どちらも今期放送中のアニメでして、同じ作者の作品が同じ時期に放送されて
そのどちらも面白いってハンパないなと思いながら視聴しております。

そんな中、「アクセル・ワールド」の第23話の展開が、どうしても許せなかった。


タイトルにも挙げた「アクセル・ワールド」第23話と「ソードアート・オンライン」第10話ですが、
この2つの話にはかなりの共通点があります。

ひとつは「負けると全てを失う(=死ぬ)」。
これは「ソードアート・オンライン」全般における基本ルール(?)なのですが、
「アクセル・ワールド」第23話のバトルでは「敗北するとポイントをすべて失って
二度とゲーム(加速世界)に復帰できなくなる」という特別ルールが設定されており、
状況としては同レベルの緊迫感を漂わせていました。
まあ負けるとプレイヤーそのものが絶命してしまう「ソードアート・オンライン」に比べると
「アクセル・ワールド」は死ぬまではいかないのでマシっちゃあマシですが。
(未練が残るあたりはむしろマシではないという考えもありますけど)

もうひとつは「味方がやられる寸前まで追い詰められる」。
「アクセル・ワールド」第23話では主人公ハルユキの親友のタクムが瀕死まで追い込まれ、
「ソードアート・オンライン」第10話では主人公キリトがこれまた瀕死になるまで削られます。
どちらもHPゲージが残り1ミリまで減らされ、風前の灯、ゲームオーバー一歩手前でした。

で、さらにひとつ「間一髪のところでヒロインが救出に来る」。
「アクセル・ワールド」第23話ではヒロインの黒雪姫先輩がすんでのところで助け舟を出し、
「ソードアート・オンライン」第10話ではこれまたヒロインのアスナが窮地を救い出します。
まさしく命の恩人です。足を向けて眠れません。

もちろん細部は違えど、この2つのお話の流れとしては、
「負けたら終わりの状況で」「敗北寸前まで追い詰められ」「ヒロインに救われる」
という形で進行しており、かなり似通った展開になっているのです。


そこで本題。今回のタイトルにも挙げていますが、

「ソードアート・オンライン」第10話は許容出来て、
「アクセル・ワールド」第23話はどうしても許せない。

これは何故か?
ほぼ同じ展開を見せているのに、なぜ正反対の印象を与えたのか?


その理由は「そこに至るまでの展開」にあるのです。

「アクセル・ワールド」は後半(2クール目)に入って、
ヒロインの黒雪姫先輩が修学旅行に行ってしまい一時的に戦線を離脱します。
この時から主人公のハルはずっと「先輩に頼らずに自分でなんとか解決しよう」と誓い、
実際に困難に見舞われてもそのことを黒雪姫先輩には伝えず自分で始末をつけようとします。
黒雪姫先輩もまた「ハルユキ君に困難が降り掛かっていても、それを自分に言わないのであれば
ハルユキ君自身で決着をつけるのだろう」と考えていて、
助けを求められるまでは詮索も助太刀もしないと宣言していました。

…にもかかわらず、…にもかかわらず!
ハルが助けを求めたわけでもないのに、黒雪姫先輩が颯爽と登場して、
タクの大ピンチをあっさりと救ってしまいました。

だから許せない。非常にいただけない。

そこはハルがなんとかしろよ、と。
主人公補正でもなんでもいいからハルがやるべきだろう、と。

オマケに言うなら黒雪姫先輩が味方増援でやってくる直前に、
ハルに「敵の拘束を突破する」という見せ場が用意されていて、
そのままタクの窮地を救うのかと思いきや、あと一歩届かずにダウンしてしまうという、
若干「なんでやねん!」ってツッコミたくなるような展開にしてて、
そこはそのままハルが逆転する流れでええやないか!って思ったりもした。
「抑圧と解放」の、いわゆるカタルシス的にも若干肩透かしを食らった気分になってしまった。


転じて、「ソードアート・オンライン」第10話はなぜ許容出来るのか?
何が違うというのか?

「ソードアート・オンライン」の場合は、そこに至るまでの間に、
主人公のキリトとヒロインのアスナが「『お互いにお互いを守る』と宣言している」からです。
その宣言通りに、アスナはキリトの窮地を救い出したので、
流れとしては至極真っ当な形になっているのです。守ると言って守った。
だから許容出来る。救援に向かうに至る意思がちゃんと存在しているから。

ちなみに「許容」という表現を使っているのは、「仲間の救援によって危機を脱する」という
流れが個人的にあまり好きではないからなのです。
「ソードアート・オンライン」第10話でも、出来ればキリトが自力で命からがら逃げ切って
ほしかったという思いが多少なりともあったためで。
でも流れとしては「キリト君を守る」と言ったアスナが言った通り守りに来たので
行動に説得力がある、だから「許容出来る」と思っているのです。
しかし「アクセル・ワールド」第23話の場合は、黒雪姫先輩が「ハルユキ君に任せる」と
言ったにもかかわらず、結局任せずに助けに来てしまったので、
言っていることとやっていることが違ってしまった。だからよろしくないのです。


…そう言えば共通点としてもうひとつ「ヒロインは主人公のことを『君』付けで呼ぶ」
っていうのもあったな…今回の話とは全く関係ないけど。



結論としては、許容出来るか出来ないかは「筋が通っているかどうか」によるでしょうか。

なんでこんな若干どうでもいいようなことを長々と書いたかというと、
たまたまほぼ同じタイミングで同じような展開が放映されていたので、
なんか比較対象として語れるんじゃないかと思ったからだったり。



…一応言っておきますが、あくまでこの話は「私が(勝手に)思った感想」ですからね。



テーマ : アニメ・感想 - ジャンル : アニメ・コミック

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