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第1260話「きっと何者にもなれないお前たちがなりたいのは何者なのか。」

どうも、びっくりするほどユートピ…じゃなくて更新が滞りまくっているルイナです。

たぶん今月の更新数は過去最低を記録するのではなかろうか…?

まあそれはそれでおいといて、本日のネタを。

「きっと何者にもなれない」あなたへ 「琥珀色の戯言」
「何者にもなれない」自分の認識と他人の認識 「北の大地から送る物欲日記」

とまあどっかの戦略的要素を含むアレの話とはほとんど関係なく、
「何者かになる」ということについて語っている記事ですね。

「何者か」というのは、文脈からいうと「一目置かれる存在」という要素を含んでいそうです。
また「なりたい自分」を指して「何者か」と言っているのでしょう。
ともすれば「自分探し」と言われるアレと同じなのかもしれませんね。


さて、ここで根本的な疑問が。

「何者か」って「誰」?

…いやだって、「何者か」って言われてもこれだけじゃピンと来ないですよ。
なんていうかものすごいアバウトな表現でしょう。

特定の人物を指すのか、はたまたとあるカテゴリーを指すのか、
おそらくはどちらかなんでしょうけど、やはりこれだけではかなり抽象的ですね。


で、元記事やさらに引用されている記事において、
「(きっと)何者にもなれない」と言われています。
これは「想像しているような傑物になんてなれっこないよ」ということを言っているのでしょう。

確かに、そんなポンポンと「何者=凄い人物」になりまくれたら苦労しません。
っていうかそんなんだと凄さのありがたみが薄れます。
そう簡単になれないからこそ凄い人物としてチヤホヤされるのです。


そもそも、そんなに「何者か」になりたいのか?

チャレンジすることや向上心を持つことは良いことだと思っていますが、
「何者か」になることに固執してしまうというのはちょっとどうなんだろうかと。

「何者か」になれずに「その他大勢」になったとしても、
それがダメなことであるとは思いません。
っていうかこの世の9割以上は「その他大勢」なんですから。
考えようによっては多数派、マジョリティとも言えるのですよ。



…キレイにまとめてやろうと思って空振ったわたくしルイナさんでしたとさ。



次回予告ッ!
文明の発達により生み出された様々なモノ。
それは人類にとって役立つ発明であったはずが、
裏返すと人を傷つける武器となってしまうのであった!
次回、「エイミングレーザー」! 必殺技名ではない。

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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