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第1240話「ARSON」

どうも、罵声を浴びせられまくるルイナです。

いやまあ、某所でも言及されてましたけど、煽るのって良くも悪くも注目されるんですよ。
極端な例で言えば、ブログを炎上させるみたいなことがあるじゃないですか。
それってなんだかんだで「目に留まっている」ってことなんですよ。
火事に野次馬が集まるかのごとくに。

そんな状況を作り上げて、自分の言いたいことを言う。主張をひけらかす。
大部分は「何言ってんだコイツ」で終了ですが、中には共感する人もいる。
そりゃ人間なんて様々ですから、どんなにムチャクチャなことであっても
「その人ただひとりの意見」というのはまずありません。同意するヒトは出てきます。
母数が大きければ、割合は同じでも純粋な数は多くなりますし。
そんなこんなで、ある種の「勢力」が出来上がるわけですね。

で、そんな傍若無人(?)な連中を相手に、「良識人」が非難する。
例を上げればゲハ論争だとかネタバレうんぬんかんぬんだとか。
はたまた東電然り政府、首相然り。
そんな、確かにニュートラルな視点から見れば手放しで良いとは言い難いモノを相手取って、
自分の意見を交えて窘める。


ここまでならまあ普通の姿です。

ところが、中には窘めるほうがヒートアップする場合もあったりします。
そうなると、窘めるどころかとてつもなく苛烈な言葉を紡ぎだすんですよね。
もうホントにボロッカスにこき下ろしています。
内容の批判に留まらず、人間として間違っている、未来永劫存在することすら許さない、
自分という存在が地球に産声を上げたことを全人類に謝罪しろと言わんばかりに。

それってどうなん?

相手が悪ければ、こちらからは何を言っても良いのか?
確実に人間倫理上問題ありまくりな言葉だったとしても、
「絶対的に相手が悪い」という免罪符のもとに浴びせまくっても許されるのか?


許されるんでしょうね。少なくとも自分が自分を判定する分には。

なぜなら、人間というのは「自分が絶対的に正義である」という精神面を持つものですから。

「自分の意見は正しい」んですよ。
たとえそれが一般的には間違っていると評されるようなモノであっても。

まあ普段の生活や仕事においては、ハラの中ではそう思っていたとしても、
自分の心に折り合いをつけて妥協しコントロールするものです。
なぜなら「自分」そのものが行動するから。
人間というのはゲンキンなもので、面と向かっては言いにくいし、
面と向かうと万が一自分がミスった時のカウンターを恐れるんです。

しかしネット上だと「自分」そのものは表に出ない。
となると、カウンターを恐れることがない(特に匿名やハンドルネーム、
すなわち本名を出さない)ですから、いくらでも攻勢に出れるんです。
となると、節制すべきところでリミッターがかからなくなるので、
どんどん過激になっていく…という感じです。


まあ、興味がないところから遠目に見てると、どっちもどっちだなーと思えてきますよ。



…ということを、帰宅途中に「タバコ吸うヤツなんか死ねばいいのに」という言葉を
たまたま耳にして、ふと考えてみましたとさ。
いや、これネットの話じゃないからアレなんだけど、
目に見えないところからこき下ろすという点では一緒かなーと。
もしも私が喫煙者だったらどう思っていただろうか。




次回予告ッ!
その道を極めた者は意識せずとも行動することが出来るのである。
体に染み付いているのである。
次回、「あくびが出るぜ!」! 目を瞑っていてもかわせるのである!

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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