スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第1212話「信じる者は救われる。救いを求めて信じ抜く。」

どうも、救いようのないルイナです。

誰も助けてくれない…それも人徳のなさが物語るコトだというのか…!

…って、何の話かサッパリわからんが。

科学はホメオパシーを否定できるがホメオパシー信者を説得できない
「novtan別館」

ホメオパシーとは「ある症状に似た、危険性の薄い症状を肉体に投与することにより、
似た症状を自然治癒力により回復するとともに、真に治癒したい症状に対する自然治癒力を得る」
という行為のことです。

ただし、科学的に効果があると証明されたわけではない行為でもあるのです。
要は「プラシーボ効果」の一種みたいなものです。
「病は気から」という言葉が昔からあるところからも、人間の意志の力というのは
案外バカにならんもので、科学的に根拠がなかろうとそれで治癒される場合もあるんですね。
あくまで「場合もある」と言う話であり、確実性はありませんが。

で、科学というのは非常に厳密的なモノであるので、
観測、証明されなければ「不確定」とみなされ、「保証しない」のです。
ある意味ではオール・オア・ナッシングな概念でもありますね。
確実であると証明されなければダメなんですよ。

それに基づくと、「ホメオパシー」や「プラシーボ効果」というのは、
科学的には証明されない不確かなモノなので、言ってしまえば効果はゼロとみなされるのです。

そして本題に行くと、科学はこれらのモノを「否定」することができるのです。
厳密に言うと、「肯定することができない」のですね。
それはもう「証明」されない限りは覆ることはありません。

ただし、それはあくまで医学者や科学者側の意見。
患者としては、そんなもの知ったこっちゃないわけですね。
証明されてようがされてなかろうが、どうでもいいんです。
求めるのは、効果が「有るか」「無いか」です。
こっちもそういう意味ではオール・オア・ナッシングですね。

だから、ホメオパシーだろうがプラシーボだろうが、
効果があると思い込んでいる限り、それを求めるのです。
それを否定することは、本人以外にはおそらく誰にもできない。
説得したところで、「効果的なモノを奪い取ろうとする悪人」とみなされるだけなのです。

要するに、人は「自分の都合のいいコトを信じ、都合の悪いコトは信じない」のです。

それが「事実か虚構か」「正しいか間違っているか」「良いか悪いか」は一切考慮しない。

自分の信じる物事こそが唯一にして絶対の解であり、絶対の解と思いたいからこそ信じるのです。
これはすなわち宗教みたいなものですね。

だから、もし間違っていたとしても、外からは矯正させることは困難です。
わからせようとするならば、それを続けて失敗させるしかないのかもしれません。
とはいえ、一度失敗したら復帰するのは更に困難な現代日本のシステムが立ちはだかるわけで。
小さい失敗ならばまだマシですが、大きな失敗になると取り返しがつかなくなる。
なんとも難しい話ですね。




次回予告ッ!
結局結論を出さないまま話を終わらせた管理人!
その結末は挿げ替えとなるのであった!
次回、「バカヤロー解散」! 再現?

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。