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第1183話「GLOW OF GROWL」

どうも、絶叫するルイナです。

その姿はまさしく発狂したかのごとく…!
道行く人々が避けて通るのであった…!

…普通に捕まるわ。

人はなぜ怒るのか 「諏訪耕平の研究メモ」
暴言と知性について 「内田樹の研究室」
学ぶ側の態度と教える側の態度 「考えるのが好きだった」

そんなこんなでまったく意味のない前置きを経て本題。
この形式のテキスト更新は久しぶりだなー。

世間を賑わせているニュースのひとつに、とある大臣が不用意な発言をして、
就任数日で辞任するという、コントでもなかなか見ないような状況になっている…
というのがありますね。
その時に発したセリフは今年の流行語大賞政治枠に輝くこと間違い無しと
まことしやかに囁かれているトカいないトカ。

私は政治ニュースは基本的に採り上げないので、今回のニュースも採り上げていませんし、
余程のことが起きない限り政治的な流れであるとか情勢とか内容とかに触れることはしませんが、
今回は発言のほう、要するに「恫喝」について語ろうと思った次第です。


さて、人間は「感情」を持つ動物です。
それは「喜怒哀楽」という4つの相を持ち、感極まったときにそれぞれが具現化されます。
今回の話では、そのうちの「怒」が出てきたわけですね。

この「怒」、すなわち「怒り」ですが、どういった時に表出してくるのでしょうか?

結論から言うと,人が怒るのは下の2つの理由によるのではないかと思う。
1,「いくらなんでも許せない」と思ったとき
2,「今怒っても大丈夫」と判断したとき
「諏訪耕平の研究メモ」様より引用)


ここのところのニュース更新で私自身がキレたとかいうことを言っていますが、
私の場合も、上記引用の2つの理由に当てはまりますね。

私がリアルにて友人に怒ったときも、「堪忍袋の緒が切れた」状態まで来たというのと、
「その場にいた周囲の別の友人は自分に賛同してくれるはず」という打算があったのです。

この「打算」という部分。これが案外大きい。
なかなかどうして人間は計算高くキレるものなのです。

余程脳ミソが沸騰しない限りは、怒ること、キレることでの「自分への影響」というところは
キレる前から考慮しているものです。
立ち回りをミスると自分の立場が変動する可能性をはらみますからね。
…今回の復興相に関してはまさしく「立ち回りをミスった」わけですが。

で、引用2番目の「怒っても大丈夫」、要するに「怒っても自分の立場が悪くなることはない」と
判断してからキレるのです。そうでなければ逆にキレづらい。
誰だって自分の立場が悪くなることは望んでいないですからね。

また、「打算」という部分。
ここからさらに発展して「怒る」行為に繋がっている要因があると私は考えています。

それは「自分の意見、要件を相手に(強制的に)飲ませる」ということ。

相手を選ぶ必要がありますが、相手がオクテ、気の強くない人間であれば、
恫喝することによって相手をビビらせることで、服従させやすく出来るという「打算」。

そういうふうに考えてみると、「喜怒哀楽」の中でも「怒」というのは
最も「計算」によるところが大きくなる感情なのかもしれませんね。




次回予告ッ!
かつて日本橋や秋葉原は電器の街であった。
しかし今では萌えの侵略が浸透しきっている。
今度もまた、電器が萌えるのであった…!
次回、「EMBRYOTIC ELECTRIC」! 萌やせー萌やせー真っ赤に(ry

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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