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第1166話「誰が言ったかその台詞」

「評価」とは、「評価される人間」が「有名か無名か」によって左右されるものである。

ある言葉が誕生し、その言葉が名言足りうるものであったとき、その言葉を発した者が有名人であった場合は、そのまま名言と評される。しかし、そんじょそこらの有象無象の発言であった場合、名言と評されることは滅多に無く、即座に雲散霧消するものである。無名な人がどれほどに素晴らしい言葉を、キャッチーな台詞を発言したところで、誰の目にも留まらない。評価などされるはずもなく、ただ消えていくのみである。

サイト・ブログにおいても、それは同じ。

本当に素晴らしい文章で、人を惹きつけてやまぬ内容であったとしても、その文章を載せたサイト・ブログの知名度が無ければ、そもそも読まれることがないのである。ブクマしてそれが連鎖するなどとことはまず有り得ない。そんなものは都市伝説である。ましてや個人ニュースサイトが採り上げるなんてことも無い。

…いや、厳密に言うと有り得ないことはない。ただしそれが有り得るためには条件がある。

「有名人」の力添え。

これが絶対的に必要なのである。「有名人もしくは有名サイトがオススメした記事」という属性が付与されない限り、無名サイトの記事が日の目を見ることは決して無い。確実に無い。未来永劫有り得ない。

これが「ネームバリュー」。「記事」にではなく「名前」に価値があるということである。

例えば有名サイトと無名サイトが全く同じタイミングで、全く同じ内容の記事を、一言一句違わず完全に同じ文章で世に送り出すとする。内容は閲覧者の殆どが共感出来るような、いわゆる「素晴らしい文章」であるとする。さて、どちらに注目が集まるだろうか?

答えは語らずとも自明の理。「発言者が有名であるか否か」によって評価は決定する。ただそれだけ。

例えば個人ニュースサイトにおいても、有名無名の差は如実に現れてくる。この広きネットワールドに数多ある無名なニュースサイトがどこかの素晴らしい記事を紹介しても、それに注目が集まることはほぼ無い。そもそも無名なニュースサイトを見ている人間が絶対的に少ないというのもあるが。しかしいわゆる「大手ニュースサイト」が紹介したときには、アクセス数という名の絶対たる力となって目に見えて実感できるほどに注目が集まるのである。もちろんブクマなども集中する。

記事の内容など二の次。第一に判断されるのは「誰が紹介したか」なのである。

弱小ニュースサイトが採り上げた時点ではほぼ注目が集まらないが、その紹介をたまたま見た大手ニュースサイトが時間差で紹介すると、注目度は、そして評価は、そのタイミングで初めて一気に跳ね上がるのだ。そして「その記事を最初に発見した」のは、後で採り上げた大手ニュースサイトになるのである。

世の中は「何を言ったか」ではなく「誰が言ったか」が重視されるのである。







…という文章をコッソリと増田に投稿して反応を見ようと思ったけど、めんどくさくなってやめた。




次回予告ッ!
需要が高いということはそれは必要な機能ということである。
たとえそれがどれほどまでにムダと思えるようなものであっても、
望まれる限りは必要と言えるのである!
次回、「πリバイバル」! アナスタシス?

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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