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第1148話「リアルタイム・フォローアップ」

どうも、ゲームは主に中古で買う派のルイナです。

昔は月イチでのおこづかいがもらえなかったので、
たまーーーにもらえるちょっとしたお駄賃をキープして貯めていましたよ。

で、自分でお金を稼ぐようになった今でも精神的な支柱が変わってないんですよね。
三つ子の魂百までと言いますが、なかなかメタノイアは出来ないものですかね。


…そんな前置きはどうでもよくて、本題。

乗り遅れたものに、後から乗った方が楽しい場合もあるさ 「やまなしなひび-Diary SIDE-」

「世間で話題になっている中に途中から入りたくない」という感覚。

とある物事やコンテンツに途中から参加する場合、
どうしても「参加する前のこと」はわからないものです。
途中から入ってきて面白いと感じても、入る前の最初期のことに関しては
面白いかどうかはわからなく、もしそれが面白かったならば損した気分になりますね。

リアルタイム体験を除けば、二度と触れることが出来ない物事というのは
それほど多いわけではありませんので、途中参加になったとしても、
後から参加する前のモノを取り寄せることは出来るわけですね。

でもまあ、途中参加というのはなんとなくモヤッとした気分になります。
どうせなら最初っから参加してたかったという感覚は否定出来ないものです。


では、何故にそんなこだわりのようなそうでないような感覚を持ってしまいがちなのでしょうか?

途中参加ということは、全体を見たときに参加する前は抜けているんですね。
穴が開いている状態になっているのです。

すなわち、「どうしたって100%の体験が出来ない」というわけです。
これを言い換えるならば、「完璧主義に反する」という感覚でしょう。

いわゆる「オール・オア・ナッシング」ですね。
最初から全てを把握できないくらいならいっそのことなかった事にする。
100%か0%なんですね。

初期に仕込まれた伏線などを考えると、途中から入るより最初からずっと追いかけている方が
楽しめるというのはあるかもしれませんが、だからといってプライドにも似たこだわりで
触れること自体をやめるのはそれはそれで勿体無いような気もしますね。



…とかなんとか言いながら、私もそういう完璧主義的なところはありますね。
保存用としてアニメをBDに焼くために取り溜めしているんですが、
途中で1話抜けてしまったらものすごいショックを受けますし、
最初の1話を撮り逃したアニメはもう取り溜めしないですからね。

どう考えてもムダなこだわりを持っていたわたくしルイナさんでしたとさ。




次回予告ッ!
長く続くものにはそれなりの歴史が積み上げられている。
それを変貌させるということは新たに一から築き上げ直すということである。
過去の栄光を捨てる覚悟が問われるのである!
次回、「るいんずめもりE」! ………

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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