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第1133話「ココロのスキマは埋めるべき?」

どうも、スキだらけのルイナです。

付け入る隙など図る必要もなし!


…相変わらず意味はわかりませんが。

失敗するためには、無駄を無くそうと考えれば良い。 「マボロシプロダクト」

さて、本日のお話は「失敗」と「無駄」の関連性について。

無駄なことというのは説明するまでもなく、省けるものなら省くべきモノです。
でもって、失敗するというのも、そこから学ぶことは多くあるとはいえ、
基本的には失敗せずに済むならそれに越したことはないですね。

さて、この「失敗」、どういう状況で発生してしまうのでしょうか?
力不足、巡り合わせの不運、うっかりミス、まあいろいろあるでしょう。

そこで今回採り上げた元記事ですが、「失敗するためには無駄をなくせばいい」とあります。
これは反転させると、「成功のカギは無駄の許容にある」という主張になります。
無駄な物事をあらかじめ含めておいて全体設計を行うということですね。

これは、例えば機械で言えば「遊び」を設定しておくということに繋がります。
無駄なスペースをあえて設定することで、余裕を持たせるというわけです。

そう、機械においても「完成品」とされるモノには「遊び」という無駄なモノがあるのですよ。
これは機械だけに留まらず、人間の活動にも当てはまるモノでしょう。
フルスロットルでは回らないように出来ているのです。


ところが、なかなかそのことは知覚されにくいモノですね。
完成品とはイコール完璧、完全無欠な、一切のムダが無いモノであると思われがちです。
それはヒトの活動、有り体に言えばお仕事などでもそうなる傾向があるのです。

例えばスケジュールを決定する際、最もスムーズに事が運んだ場合の、
理想的な日程を設定しがちなのです。
それはパッと見には非常にスッキリしていて、かつ見栄えがいいモノです。

ところがそれは一切の無駄を排している状態、すなわち不測の事態に非常に弱いのです。
吸収できる素地が無いんですよね。ミスを計算に入れていない、入れられないのです。

それを推し進めるとどうなるか?
もちろん全てが上手くいけばその通りに進むので、完璧であったと言えるでしょう。
しかし少しでも問題が発生したら、それは全体の失敗に直結してしまいがちです。


どうあがいたところで、ヒトはミスをしてしまう生き物なんだから、
理想通りに事が運ぶはずもない。

だったらもうミスをすることを考慮しておけば、ガチガチに固めるよりも、
ダメージは少なく、適切に対処することが出来るのだと思いますよ。




次回予告ッ!
パーティーゲームにおいて、ルールの設定は基本事項である。
ここがテキトーだと、のちのちややこしいことになりかねないのである!
次回、「ゲーム・ミリオネア」! 1000万?

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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