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第1121話「デマゴギーを駆逐する!」

どうも、昨日の更新で1120話にするべきところを1020話にしていたルイナです。

お仕事の休憩時間に自分のサイトを見たら気づいたという。
すぐに修正したかったけど、ケータイで修正すると記事が消滅する恐れがあるから
手が出せなかったんですよね…


…さて、久しぶりにマトモな前説…っていうか世間話をしたところで、本題。

暴論:デマの「根絶」をめざしてはいけない7つの理由 「H-Yamaguchi.net」

デマとはデマゴギー(Demagogie:ドイツ語)の略で、大衆を扇動することや
扇動政治を意味する言葉です。一般的には「悪意を持って噂話を流す」といった形で、
「何らかの意図を持って流布される偽情報」の意味として使われていますね。

基本的にはニセの情報を意図的に流しているものを指すので、
あまりこういったモノがはびこるのはよろしくないのですが、
そこはほれ、そのようなモノもない潔癖な世界が正常なのかというと、
案外そうでもなかったりするわけです。

そこで、元記事の項目にツッコミを入れるいつものコーナーを開催するのですよ!



(1)デマの全くない社会はデマに弱い

元記事でも喩えていますが、デマというのはバイ菌みたいなもので、
当然ながら体を蝕むものではあるのですが、それが全くなくなるとそれはそれで問題です。
無菌室で育てられた生物の、バイ菌に対する抵抗力は、
ある程度晒されている生物よりも明らかに低くなるのです。

これをデマゴギーに置き換えるならば、まさに「嘘を嘘と見抜く力」を指しますね。
ある程度嘘に触れていると、対応能力が身につくのですが、
無菌状態だと対応能力を身につける機会がなくなってしまうのですね。


(2)言論の自由

若干詭弁なところがありますが、デマの流布ですら「自由」ではあります。
ひとさまに迷惑をかける行為を自由の免罪符の元にやりまくるのもアレですけど。


(3)愚行権

ボケをかますことを制限されることはないということ。
…というとかなり本筋から外れてますが、要は「そんぐらいええやん」ってぐらいのモノなら
目くじら立てることもないんじゃないの?ってことでしょうか。
聖人君子、完全無欠な人間などこの世には存在しやしませんし。


(4)失敗から学ぶ

デマの定義として「何らかの意図を持って流布される偽情報」と設定しましたが、
時には、自分ではデマカセと思わなかった物事が、広まるに連れて実は誤りだったという
パターンもあるわけですね。
それはもちろん失敗ではあるわけですが、人間は失敗から学ぶ生き物です。
失敗の許されない世界は成長の許されない世界と言い換えることが出来てしまうのです。


(5)啓蒙では説得できない

いかに立派なことを言っても、いかに正論を言っても、いかに間違いを正そうとしても、
それを聞き入れてくれる土壌が無いとどうしようもありません。
聞く耳を持たないと言うと過激すぎるかもしれませんが、
人間ってそんなに単純なものではないですよね。


(6)デマは不安のあらわれ

自信を持って発言できるような状況って、案外少ないものですよね。
何かしら思慮が届いていない部分があって、そういうところは合ってるかどうか不安になる。
で、そんな状態で発言すると、バクチみたいな事になって、
それがイチバチのバチになるとデマゴギーというか間違った情報の発信になっちゃいますね。

…しかし、この項目に関しては、これで合ってるのか不安になるな…
まあいっか。そこはテキトーで。


(7)ひょっとしたら役立つかも

「嘘から出た真」ということわざもあるくらいですし、嘘っぱちだからといって
それがまったくの無価値であるというわけではありません。
デマに踊らされた結果、事態が好転するということも無いとは言い切れない。
要は、それをどう扱うか、どう料理するかにかかっているというわけですよ。





次回予告ッ!
有終の美を飾った物があった。
しかしそことはまるで別の場所にて人々の注目を集めるものがあったのだった!
次回、「ホワイト・リキッド」! ミステリアスな…

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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