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第1117話「シークレット・メモリィ」

どうも、プライベート設定にはしていないルイナです。

って、ブログの種類が違ったか。(∀`*ゞ)テヘッ



…もういいでしょう。

「他者を笑いものにしているつもりの人間」の脆さ 「琥珀色の戯言」

情報、知識の「信憑性」のお話。

人間、神ではありませんので、自らが体験した物事以外はそのままでは認識できません。
そこで、各種媒体を通して「情報」として伝聞して自らの知識とするわけですね。

ところがこの「情報」、必ずしも「事実」を伝えているわけでは無かったりします。
それもそのはず、「情報」となるからには何かを媒介しているわけです。
そこから次に発信されるときには、若干カタチが変わっていることはままあるのです。
「伝言ゲーム」をイメージすればわかりやすいでしょう。

また、何かを「媒介」する以上、その何かの影響を受けるわけですが、
その何かの「意思」によって故意にねじ曲げられることも、無いとは言えませんね。
有り体に言えば「ウソの情報を流す」という事もありえるのです。

となると、その「情報」の信憑性を見極めるにはどうしたら良いかですが、
そこは個人の経験だとか、情報元の信頼性だとかいったところで判断しているわけですね。


…で、ここからが本題。

人は、「わからない」から騙されることばかりではなく、「自分だけはわかっていると過信しているから」騙されることも多いのですよね。
「マスコミは信じられない!」という人が、誰が書いたのかわからないような、匿名掲示板の書き込みを「隠された真実」だと思いこむのは、ものすごく変なことです。
にもかかわらず、そんな怪しげな場所で「自分は真偽を見抜ける」という根拠のない自信を持っている人が、ものすごくたくさんいます。


こういうことはよくある…かどうかは定かではありませんが、
とあるチャンネルに「オモテに出てこないウラ事情」みたいなカキコがあって、
それを見て半ば盲目的に信用してしまうことも、これまた無いとは言い切れませんね。

冷静に考えてみると、情報源(ソース)も定かじゃないし、
書き込んだ人間の素性もわかったものじゃない。
信憑性なんて無きに等しいものであるのにもかかわらず、
どうしてそれを信用しようと思えるのでしょうか?

その理由としては元記事にもあるように、
「自分は他の凡百の有象無象とは違い、真実を見抜ける眼力を持っている!」
と思い込んでいるということがあるでしょう。

また「ぶっちゃけトークっぽい雰囲気がある」というのもひとつの理由でしょうね。
信憑性という観点からみると怪しげではあるものの、
だからこそ取り繕う必要も無くなっているという感覚ですね。

そして案外大きいのは「自分に都合がいいかどうか」ですね。
自らにとって都合のいい情報と都合の悪い情報があれば、
どうしても都合のいい情報の方を信じたくなるものです。


「情報」は「事実」そのものではないのです。
何かによって伝聞されるものである以上、自らの構えと相手の意志によって変貌するのです。
「事実」を「事実」そのままに受けることは結構難しいものですね。

…とは言いつつも、自分の感情によって受け取り方が変わるというのも、
それはそれで人間らしいといえばらしいコトですので、
一概に良い悪いを決められるものでもなかったりするんですけどね。




次回予告ッ!
誓いの心を形に示すことはよくあることである。
しかしその形も重ね続けると折れ曲がることになるのであった!
次回、「あの錠前を外すのはあなた」! …ん?何かが違う?

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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