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第1057話「リメイク・メモリィ」

どうも、復活の兆しが見えないルイナです。

本日のエントリーは第1052話「レトロスペクティブ・ゲーム Part2」に引き続き、
ゲームのお話となります。

「昔のゲームは良いものだ。今のゲームは(ry」という話を前回したわけですが、
なんぼ良いものであったとしても、そこは「昔」のゲームです。
インターフェイスの快適さや絶対的な容量の差はいかんともしがたいわけです。
例えばひらがなしか無かったりとか濁音・半濁音で一文字食ったりとかね。

そういうところは内容がどうとか以前の問題であって、
まず間違い無く昔よりも今のほうが優れているわけですよ。
ストレッサーにならないという点でね。反応が遅すぎるとハラ立つでしょ?

まあそんなこんなで、いかに昔のゲームが良いモノであったとしても、
当時は気にならなかったとしても、今からするとインターフェイス面で
どうしても割を食わざるを得ないわけですが、そんな昔のゲームにも光明は挿し込むのです。

それが「リメイク」または「移殖」ですね。

リメイクとは評判の良かった昔のゲームを今のハード、今の技術で作り直したモノです。
もともと良かったものなんだから内容がよく出来てるのは当たり前であり、
それに加えてインターフェイス面が補完されるという、ひと味もふた味もオイシイものなのです。
まあベタ移殖はこの限りではありませんが。

ところがリメイクを行うとなった場合に、あまり好意的でない反応が返ってくる場合もあります。
移殖を多く繰り返しているモノもあり、またかという若干ネガティブな反応も見受けられますね。

しかし私はこうも思うのです。

「リメイクや移植したところで、買う側のウチらになんかデメリットがあるのか?」と。

先日にも言ったとおり、昔のゲーム、レトロゲーなんか今やろうとしたら
インターフェイス面でかなりしんどいわけです。
となると、「今の小中高生」は「昔の(良い)ゲーム」をプレイすることは
めったに無いわけです。

そこでリメイクや移植されることで、そういった今の主にゲームをやっている層に
手に取らせる可能性を高める行為は、メリットこそあれデメリットは無いはずです。
少なくともユーザー側からしたら。
メーカー側からしたら開発費がどーたらという話になりますけど、それは置いといて。

むしろどんどん移植してくれたほうが、今みたいなメインとなるハードが多くあるような
状況下には受け入れられるべきことではないかとも思うわけです。


そもそも、リメイクや移殖に文句をつけたがるヒトって、なんでそういう思考になるんでしょうか?

その答えは私が思うにたったひとつ。


「選民思想」の変形です。


まず前提として、移殖に文句をつけるということは移植される前の、
いわゆる「オリジナル」版を持っているヒトであることですね。
持ってなかったら移植されるとプレイ出来るようになる可能性が生まれるわけですから、
むしろありがたいはずです。実際にやるかどうかは置いといて。

で、移植されて別のハードでも出来るようになると、
「自分が持ってるハードだけで出来るゲームだったハズなのに!」という感情になるわけですね。

「そのゲームをやった自分は特別である」という意識が、
リメイクや移殖に難色を示すということになるんだと私は思っていますよ。


非常にどうでもいいことですけどね。




次回予告ッ!…えーっと…巡回してない…

…ってか、巡回してないとかその時点でお昼に更新は既に無理ゲーやないか。

テーマ : ゲーム - ジャンル : ゲーム

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