第242話「Pride or Vainglory」

っしゃあああ!!! いけるッ…いけるぞォォォ!!!
うおおおおおおおおおッッッ!!!!!!


−クールダウン−


どうもルイナでございます。
このクソ暑い夏の真昼間に、これまた暑苦しい始まり方で、
さぞかしうっとうしいことでしょう。反省はしている。後悔は(ry


…さて!今回はこちらの記事を見て少し思ったところを連ねてゆこうとの目論見です。
たいして長くはならない予定。

プライドは捨ててはいけないと思う 「oreoreoreoreの日記」

少し前に私も紹介した、「博士課程に進学する前に考えて欲しい事」という記事の中にあった、
「プライドの捨てかたを覚えておいた方が良い」という記述に対して
思うところを述べておられる記事です。
ていうか、「プライド」について語っておられるといった記事ですね。

「プライド(Pride)」とは総合格闘技…じゃなくて、
「誇り、自尊心、自惚れ…」などといった意味を持つ言葉…単語ですね。
その根底にあるのは、自らを褒め称えるといった感情なのです。

元記事の言及記事ではこの「プライド」の捨て方を知っておいたほうが、
人間関係を円滑に進めることができる…といった内容なのですが、
そこで元記事では、捨てるべき「プライド」は「プライド」ではなく、「見栄」ではないか?
といったことをおっしゃっておられるのですね。

まあ行き過ぎると言葉遊びの域に達してしまうのではありますが、
私の思うところも少し言ってみようと思います。



私は、「プライド」とは自分の「信念」だと思うのです。「生き様」といってもいいかもしれない。



だから、私は「プライドは捨てるべきではない」というより、
「プライド」が「信念」であるうちは捨てることはできないと思うんです。
そうそう捨てられやしないものです。

「信念」とは自分が生きる上での指標。ヤボッたく言うなら「決して譲れないモノ」。
譲れないんだから捨てることなんて考えられない。
自分の中の絶対的なルールといった感じですね。


私の考えている「プライド」は「信念」である…と上で言いました。
「信念」を簡単に違えることができてしまう、捨ててしまえるというのであれば、
それはもはや「プライド」でもなんでもない、ただの「虚栄(Vainglory)」。
元記事の言葉を借りるなら、「見栄」ですね。
クチでは立派なこと…信念を語っているようで、それを実践しないというのは、
ただ単に「エラそう」なだけなのですよ。

しかしこの意味でも「プライド」として扱われることはままあります。
よく言われる、「プライドが高い」というやつはこの意味での「プライド」なのですね。


さて、ここでこの「プライド」を考えてみます。「虚栄」…「見栄」とはどういうものか?


私が思うに、「見栄」とは「相手を下に見ている感情」ではないかと。


実際は、現実としてどうであれども、上から目線になってしまう…
自分のほうが相手よりも上だと思ってしまっている時は、
「プライド」は、いわゆる「見栄」となってしまっているのですね。
要するにエラそうに映るのです。自惚れてしまっているのです。

で、そんなものはたいがい間違っているというか、不毛なのですね。
だからそんなものは捨て去る…取っ払うべきだということなのだろうと思うのですよ。



ここまできて、「信念」と「見栄」の話が繋がってないことに気づくと思われます。
これはその通りなのです。この2つは別モノなのです。

しかし、この2つは1つの言葉…すなわち「プライド」という言葉で表されるのです。

「信念」も「見栄」も同じ「プライド」という言葉で表されるのですが、
これらはまったくの別モノである、ということです。
同じ「プライド」…同じ言葉でありながら、別の存在なわけです。



最終的なまとめとしては、

・「信念」という意味での「プライド」は捨てるべきではない、というより捨てられないモノ。
・「見栄」という意味での「プライド」は持っていても仕方が無い、取り払うべきモノ。


といったところでしょうか。

同じ言葉、同じ物事であっても、それが意味するところは別にあるというのはよくあることです。
何が必要で何が不必要か。それを見極めるのも人間の面白いところだと思うのですよ。




次回予告ッ!
日本語には多種多様な表現方法があることを知っている管理人ではあるが、
正直言ってなかなか理解できない表現もあったりする。
しかし、それがおかしいと切り捨てることには抵抗があるのだった!
次回、「言葉遣いが乱れているこんな世の中はポイズン?」!言葉は進化するんだよ。

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第238話「賢さと学歴と戦う場所と。」

皆様おはやうございます。ルイナです。

本日は以前に書いた記事、第129話「ドクターマスター」の続きのような
そうでないような感じの記事になると思われます。

…というか、先日学歴と就職についての記事が
ブログ界を席巻したようなしていないようなことになりましたが、
それについてショボイ知能レベルしか持たない私が思いついたことを書いてみる、
といった趣きです。



さて、今回のタイトルは「賢さと学歴と戦う場所と。」

これはまあとある歌のタイトルをもじりにもじりまくったタイトルで、
原型はまったく残ってないのですが…って本題とはまったく関係ねぇ!

…こほん。ブログ界を揺さぶったようなそうでもないような元の話題では、
高学歴がうんぬんとかバカがうんぬんとかいったようなワードが出ておりますが、
それに倣ってというかなんというかアレですが、「賢さ」と「学歴」と「場所(場面)」に
分けて考えてみようという思いをこめてタイトルをつけました。

前置きが相当長くなってしまいましたが、ようやく今回の記事の本番です。



まず、「賢さ」です。
「賢さ」、すなわち「賢い」というのはいわゆる「バカ」の対義語と位置づけられています。

だいたい基本的には、ある基準を超えた知識を持つ人間を「賢い」と言い、
そうでない人間を「バカ」と言う傾向があります。

また、知識量はボチボチでも、あらゆる状況に対して機転が利く人間は
「賢い」とよく言われますね。それに対してドンくさい人間は「アホか!」と言われます。

このように、「賢い」という言葉には2つの意味があるのですね。
純粋な知識の量が多いこと、そして機転が利くということ。この2つです。
余談ですが、「1を聞いて10を知る」や「学習効率が良い」というのは
私は後者に当たるものだと思ってます。


次に、「学歴」についてです。

「学歴」とは言わずもがな、どの大学を出たかを指す言葉です。
また、高卒・大卒・修士博士了や浪人・留年などといったものも「学歴」をあらわしますね。
要するに、最終的にどのタイミングで、どこを卒業もしくは修了したか…ですね。
ここでは簡略のために、大学に焦点を絞って考えます。

有名な大学に入学、卒業もしくは院卒した者を「高学歴」な人間と言いますね。
入るのも難しい難関大学です。アホな人間にはそうそう受かることができない大学で、
そんな大学に入学、卒業した人間は基本的に「賢い」「能力の高い」人間として扱われ、
企業からすると欲しくなる人材となります。

またそれに対して、昨今では学歴なんて関係ねぇ!なんていう声も
よく聞かれるようになりました。
企業側も「学歴」という「学校の評価」から、「実力主義」という「個人の評価」を
重視するところも多くなってきています。

とはいえ、「学歴」を完全に無視するようなことはおそらくありえません。
「大学の名前なんてなんら意味を持ちません!」と宣言しているような
企業があったとしても、そう言っている時点ですでに「大学」を意識しています。
これを意識の外に追いやることは不可能なのです。
その人にとって「大学」という存在が完全に消滅しているようなくらいでないと
「意識しない」ということはできません。
「意識する」というのは思いのほか人の脳ミソの深いところにまで来てしまうのです。
意識してしまっている以上、「学歴」は完全に消えることは無いのです。



下準備に時間がかかってしまってますが、ここでようやく本題。

「高学歴」な人間は企業側からすると基本的に凄く欲しい人材であると上で書きました。
しかし現実問題として、高学歴を誇っていても就職活動に苦しみ、
なかなか内定が取れずに苦労するといった学生は少なからず存在します。

なんでこんな矛盾したことが起こってしまうのか?

それこそ理由はいくつもありますね。あるところでは社会のせいであると言い、
またあるところでは学生そのものがアホなのだと言っています。

確かにそういう要因はあります。
現在の社会のシステムが上手く機能していない点ももちろんあるのでしょうし、
良い大学に行っておきながら実はたいしたことのない人間だった…というのもあるのでしょう。

しかし、日本全国の大学中でのランクが上の下もしくは中の上程度の大学に在籍していて、
微妙に学歴がそこそこ高かった私自身が、去年就活を行っていてじかに感じたのは、

「良い企業、いわゆる大企業・大手の内定を貰うのはやっぱり難しいなぁ…」ということです。

私も世界にその名を轟かせる企業にエントリーしたりしていましたが、
そうそう受かりっこなかったわけですね。
なんでかというと、そんな凄く良いところには全国の猛者共がわんさかやってくるわけですね。

要するに、自分の能力とバトルフィールドを見誤っていたわけですよ。
自分がまともに戦える場所ではなかったということです。
大手にもなると自分と同等もしくはそれ以上の能力を持つ人間ばかりが
挙ってやって来るわけで、そいつらを相手取って豊饒の大地を得ることは相当難しいわけです。

で、そんな大企業からランクを下げて(というと微妙に失礼に当たるかもしれないが)、
就活するとそれなりに受かりましたね。


高学歴なのになかなか内定がもらえないというのは、
単純に戦う場所が厳しいというのも原因のひとつだと思うわけです。

特に、東西の最高学府やそれに順ずる大学に行っているような人は、
まあだいたいにおいて能力も高いのでしょうけど、大企業をバトルフィールドに選ぶと、
能力の高い人間ばかりを相手にしなくてはならなくなります。
確率論を出すならば、内定を貰う確率がどうしても目減りするのですね。



さて、いわゆる「高学歴なのにアホ」問題についてですが、
これは現状の大学が「就職において有利になる資格」状態と化しているところに
原因があるのではないかと思っています。
有利になる度合いが大きいのが有名・難関大学…という感じの資格です。

大部分の学生は、ぶっちゃけてしまうと「就職のため」に大学に行くと
数ヶ月前にも言いましたが、実際問題として大学に何を求めているかというと、
やはり「就職に有利な状況」なわけです。

その大学が有名であればあるほど有利に働く振れ幅が大きくなります。
だからこそ、できるだけランクの高い大学に受かろうと努力するのです。

そして(高ランクの)大学に受かり、入学した時点でもう「就活で有利になるライセンス」を
得ているのです。目的が達成されているという状態になるわけですね。
もう目的は入学した時点で達成されているのだから、
あとは必要最低限のことをやればいい。そしてキャンパスライフを満喫するわけです。


…と、これがいわゆる「高学歴なのにアホな学生」が形成される雛形ではないかと思うのです。
「かなり賢い高校生レベル」で止まっているわけです。
そこで、大学に入って4年間(就活までなら3年間)学習し、
大学の知識を習得している学生と比べると、そりゃ差は歴然ですよね。

それでも、学歴…いわゆる大学(名)というのは就活において少なからず効いてきます。
前述したとおり、学歴は「就活を有利に進めることができるツール」ですから、
戦う場面を見誤らなければかなり効力を発揮します。

しかし、その学歴を取っ払ってしまうようなバトルフィールド…
例えば同クラスの学歴を持つ人間ばかりいるような場所では、
せっかくの「有利になるライセンス」である学歴が効果を発揮せず、
自分自身の能力に頼らなくてはならなくなってしまうわけですね。
そうなると、いくら有名・難関大学に在籍していても、
そこできっちりと学習してこなかった学生はツラくなってしまうわけなのですよ。



さて、いつものごとくムチャクチャになってしまったのでまとめますと、


・「学歴」とは「就職活動を有利にすることができるツール」。
 有名大学・難関大学出身…いわゆる「高学歴」は有利になる度合いが増す。

・そのため、大学に行く最も大きな理由は就職のためといえる。
 だからこそ、大学に入るのに全力を費やす。
 入ってしまえば後はたいして頑張らずに過ごす学生もいる。

・「高学歴」は就活を有利に進めることができるが、有利に働かなくなる場面も存在する。
 それは、同等(もしくはそれ以上)の学歴を持つ人間が集まる場所。
 すなわち、大企業や業界大手企業など。そのような場所で就活した場合、
 「学歴」の効力が低減してしまうため、自らの能力に頼る割合が大きくなってくる。

・自分の能力と学歴、そして活動する場所を充分に考慮することが、
 就職活動を円滑に進めるために重要なことである。



まとめると言ったわりに長ったらしい文章になってしまって、
はたしてまとまっているかどうか甚だ疑問なところでありますが。

…っていうか、もうこの話題もだいぶ下火になってきてるよね…
そんな状況であえてこの話題を持ち出す私は空気の読めない子。



関連:

[ルポ]没落エリートの出現―ビジネス社会から疎外される高学歴就職難民たち
[ルポ]弾氏への応答 以上2記事、「女。京大生の日記。」
学校ってバカを治療してくれんのか 「404 Blog Not Found」
話の発端はこのお二方の言い争い(?)から。
良い大学に入ってもそこで手を抜いたら使えねぇショボイ人間になってしまいます。
だからっつってちゃんと学習してる、応用機転の利く人間だっています。
バカな学生はいてますが、バカばっかじゃないですよ。


学歴・大学の話があちこちスッ飛んでいる気がした件について。 「不倒城」
先日も書きましたがこちらの記事が私はいちばんわかりやすかったです。
というより、他の記事は基本的に読むのにたやすくないと感じました。
…私が言うのもなんですけどね。


学歴も大学もどう活かすかはその人次第でしょ 「Odysseygate.com」
「優秀な大学イコール会社でも優秀な人材、と思ってくれる奇特な企業」とありますが、
私は奇特ではないと思います。むしろまだまだマジョリティだと思いますよ。
優秀な大学に入るためには、少なくとも入試の時点では優秀でないといけませんから。
だから、優秀な大学に在籍している学生は優秀である可能性が高いと
企業が考えてもそんなに奇特ではないと思ってるんですけどね。


学歴論争から宗教論争と同じにおいがするんだけど 「きみはじつにばかだな。」

なんだかんだ言っても皆学歴が気になってしょうがないんだなとつくづく感じる。

その通りだと私も思うのです。
なにかしらどこかで学歴って意識されてるものなんですよ。
それは企業側からしても同じことです。


第129話「ドクターマスター」
なぜ大学や大学院に行くのか、なぜ博士課程に行く人間が少ないのかを
語ってみた私の記事です。


京大生女子「高学歴エリートさえ就職難民。教育が社会のニーズの変化に対応してない」
←→「高学歴=エリートと思ってるのがイタイ」
 「ニュー速Labo(`・ω・´)」
なんかこんなスレがあったんだが。





次回予告ッ!
8月に入って開放的になった管理人はとある会合に出席することになった!
そこで起こった衝撃的な出来事とは!!?
次回、「合コンに参加する管理人ルイナ」!キケンなかほりが漂うワ!!!

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第230話「クソ暑いのはクーラーのせい!?」

ι(´Д`υ)アツィー

いやもうクソ暑いったらないですね!ホンマありえん。
ぜんぜん雨降らないどころか、夕立すらありゃしない。
しかも快晴ばっかしで直射日光がありえん!


…というわけで、挨拶を忘れていました、ルイナです。
暑すぎてもう耐えられないですねーほんと。
毎日毎日30度超えまくっていて、暑さに弱い私は泣きそうですよ。

で、この茹だるような暑さにとてもじゃないけど絶えられないわけで、
クーラーや扇風機など冷房のお世話になるのです。
私だけでなく、大多数の人は冷房なしで暮らすには暑すぎることでしょう。
冷房なしで暮らしている方には、「なんというエコ!」という言葉を授けましょう。

しかし、今でこそもう耐えられないくらいに日々クソ暑いわけですが、
昔はここまでクソ暑かったという感覚は私にはないのです。
クーラーなんて、寝る前くらいにしかつけてなかったですし。
何が言いたいかというと、昔って今ほど暑くはなかったように思うわけです。

その理由は温暖化が進行している…ということもあるのでしょうが、
そんな高尚なことよりも、もっと単純なところに原因があると私は考えたのです。


…というわけで、ようやく本題。
今回のネタは、なぜに日々クソ暑いかを私なりに考えてみる…というものです。

地域にもよりますが、毎日毎日クソ暑いです。暑すぎます。
正直言って耐えられません。昔は耐えれたけど、今はもうムリです。
よって冷房…クーラーをつけて涼しくします。

突然ですが、私が思うクソ暑さの原因…
それはこのクーラーにあると思っているのです!!!

クーラーを使うことで電気代がかかって、燃料の消費が激しくなって温暖化につながる?
いえいえ、そうではないのですよ。

クソ暑さ…「暑い」というのは「熱」を感じるということです。
「熱」とはエネルギーです。カロリー、ジュールです。

冷房とは、この「熱」を外に追いやることだと思っているのです。
室内の暑さを外に出すんですね。そうすることで室内が涼しくなり、快適になるのです。

そこでです。外に追い出した「熱」はどうなるのか?
消滅する?そんなことはないのです。エネルギーは保存されますから。


そう…ここ最近のクソ暑さは、

「クーラーで室内の熱を外に追い出した結果、外の熱が増えて温度が上がる」

というところに原因があると思うのですよ!!!

一部屋だけでは、熱を追い出してもその量は大気からすると微々たるものですが、
これが、多数の家屋、部屋、車内、オフィス等等で熱を外に追い出しているとすると、
その量は無視できないレベルまで多くなってくるのではないかと思うのです。

その熱が、大気の熱エネルギー…すなわち「温度」となって、
フィードバックされてしまっているのではないか…と私は考えているのです。


冷房、クーラーは室内を冷やして快適な暮らしを提供してくれますが、
そのしわ寄せは上記のようなカタチで私たちに還ってきているのではないかと思うのです。

そう…地球温暖化が騒がれている昨今ですが、
それは二酸化炭素が保温するとかなんとかいう難しい化学的なことが原因じゃなくて、
ごく単純に、室内の温度を室外に回してるだけなのではないでしょうか。


…だからといって、クーラーつけるな!なんて言えたモンじゃないくらいにクソ暑いですよね。
そんなこんなで、結局クーラーをつけてしまうのが現代人の悲しいサガといえるのか…




次回予告ッ!
理系のクセに漢字が結構好きで得意な管理人。
読書感想文はニガ手だったが、二字熟語や四字熟語はよく覚えたものだった!!!
次回、「天上天下唯我独尊」!あれ?管理人って結構エラそうなの?

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第228話「セットでお得!?」

さぁーレィディオゥの前で佇む恋するウサギちゃん!
イケイケな闇鍋ブログ「ルインズメモリィ」が始まっちゃうぜぃ!
キミを奮い立たせるナンバーはコチラッ!



…と、いきなりワケのわからんテンションで始まりましたが、どうもルイナです。
あからさまに数字が悪そうなラジオっぽく始めてみたわけですが、
本日は私がラジオを聞いていて思ったことを記してゆこうと思っております。



私は現在社会人でして、平日はお仕事をしているわけですが、
今の職場ではラジオが標準でかかっておりまして、朝からずっと聞けるという環境なんですよ。
まあチャンネルいじったりはできませんけど、それでもラジオを聞きながら
仕事ができる今の環境はなかなか(・∀・)イイ!と思っております。

基本的にはFMがかけてあり、最新の曲とかが聞けて、
音楽関連にはとんと疎い私としてはかなり新鮮でもあります。
余談ですが、私はここ数年ほとんど音楽…というか、歌を聞いていなかったのです。
だから最近の歌どころかここ数年の歌もぜんぜんわからなくて、
カラオケなんぞに行こうモンならまったく歌えずに涙目になってしまうのです。


まあ今回の話は歌の話でなければラジオ番組の話でもなくて、
番組に挿入されるCMについてのお話です。

ラジオにもいろいろCMがあるのですが、
その中でも私が( ・ω・)モニュ?と思ったのは、

「ラジオショッピング」

なんですね。

まあテレビと同じように、商品を紹介してフリーダイヤルうんぬんといった感じなのですが、
その中で、どう考えても「これはアヤしすぎるやろ…」と思うような商品があったのです。

それはたしか、「髪の毛が生えてくる!」とか、「激ヤセできる!」とかいった内容のものです。
男性女性の永遠の悩みを解決しようとした商品ですね。

ところがですね、これらの商品の説明を聞いていると、
どうにも「この商品、ホンマに大丈夫なのか?」と思えてきてしまうのです。

私が覚えているセリフを抜き出すと、

「2週間で12キロ痩せたという報告もあります!」
「8割以上の人が、髪の毛に嬉しい変化が出たと言われています!」
「画期的な成分を使用することで、すばらしい効果が期待されるとのことです!」
「なるほど、それは凄いですね。」(あいづち)
「面倒なことをする必要は一切無くなります!」
「毎日一粒服用するだけで、運動せずに、ラクに痩せることができるんですよ!」

こんなところでしょうか。細部は違うと思いますが、大体こんな感じです。
まだまだありますけどね。

まあね、こういうラジオショッピングやテレビショッピングでは
美辞麗句を並べ立てるのは当然といえば当然のことです。
それについては別にいいのですが、言葉狩りじゃないですけど、
どうしても反応してしまわざるを得ない単語がちらほらとあるのです。

例えば、上に挙げたセリフの2つ目の、「嬉しい変化」です。
これってものすごく抽象的な表現じゃないですか?
っていうか、凄い暈かしたような言い方というか。
だって、「髪の毛が生えた」とか、「痩せた」などとハッキリとは言ってないんですよ!
ここで私は「おいおい…」と思うわけです。

次に、3つ目のセリフ、「画期的な成分」です。
発毛剤や痩せるための服用剤に含まれている成分を紹介しているんですけど、
正直、何が凄いのかわからないんです。理系で化学を専攻してた私にも。
そのくせ、ものっそい「これはすごい!!!」みたいなノリで話するんです。
いや、美辞麗句や誇張表現はアリだと思いますけど、
そのノリも過ぎると胡散臭く感じてしまうんですよ。
だって、どういう風に凄いのかの説明は無いわけですから。
「この成分が入っているから従来のものより凄い効果が得られるんです!」
って言われても、「なんでなの?」って思ってしまうのです。
でもって、その「なんで?」に対する答えは無いのです。

そして最後の、「ラクに○○できる!」です。
この手のセリフが出ると胡散臭さ爆裂ですよ!
そんなにラクにできるのなら誰も苦労しないし、
その商品だって確実に世の中で有名になるわっちゅー話ですよ。
この世に、楽して目的を達成できることなんてほとんど無いのですよ。


そして、極めつけはその商品の値段です。
これは聞いててホンマに焦りますよ。

「1袋、税込価格10500円のところを、3袋セットで10500円でご奉仕!」
「さらに本日はサービス!」
「3袋セットのところに、さらに2袋プラス!!!」
「合計5袋、税込価格52500円のところを、大特価の10500円にてご奉仕です!!!」

…コレ聞いたとき、工工工エエエエエエェェェェェェ(゚Д゚)ェェェェェェエエエエエエ工工工…ってなりましたよ。
あまりの大サービスっぷりに電話に手が伸びた…んじゃなくて、
これはいくらなんでも怪しすぎるだろうと思うのです。

1袋10500円。この値段設定が妥当かどうかっていうところももちろんですけど、
5袋つけて1袋の値段と同じで販売するとか、すっげーおトクだ!って思いますか?
私は、これはひどいと思いましたよ。胡散臭すぎですよ。

5倍にしても値段を変えないということは、それでも売れれば元がとれるということです。
ということは、1袋の実際の価値は1万円の5分の1ということです。
商品である以上、利益を出さなければなりませんから、確実にそれ以下。
2000円よりもさらに大幅に下回る価値だということです。

そこで、商品紹介のところを考えてみてください。
言葉を額面どおりに受け取ったなら、あんなに凄い効果のある商品が、
また凄い技術を使用した商品が、この程度の価値でしかないなんてありえないでしょう?
しかもそれをまがいなりにも1つ1万円で売ろうとしているわけですよ。

ということは、です。
やっぱり、相当胡散臭いわけですよ。あの手の商品は…ね。



…などということを、仕事中にブツブツつぶやいていたわたくしルイナさんでした。

まあそんなことよりもなによりも、私が一番「なんだかなー」と思うのは、
ラジオショッピングをやっている、商品を紹介している人のことです。

この人たちも「うさんくせーなー…」と思いながらやってるのかなーとか、
まさか本気で信じてるのか?とか思いながら聞いているのですよ。

そんな中で、紹介している人(だいたいよく声の通る女性)が、
えらいノリの良いトークをしているのを聞いて、私は苦笑いするのでした。





次回予告ッ!
物事を性急にやってしまうフシのある管理人。
ある日管理人はじっくりねっとりと待たされてしまい、
内なる奔流がにじみ出てきてしまいそうになるのだった!!!
次回、「じらした方がキモチ良い!!?」!…ぐぬぬ…!!!

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第220話「書かされた感想、書きたかった感想。」

どうも、読書感想文を書くのがイヤで理系の道に進んだルイナです。
『〜というところがよかったです。』みたいな文章にしかならなくてどうにもならねぇ!



…と、いつもの「どうも、」ネタから入ったわけですが、
これが冗談ではなく、マジなんですよ。

私は高校2年の進路選択のときに理系を選んだわけですが、
実は別に文系でもよかったのです。
これでも私は高校の頃は全般的に成績が良かったのです(遠い目)。

私は直感でものを考えることが多くて、どっちかって言うと文系のほうが
性にあってたんじゃないかっていまだに思うのです。
とはいえ、それでも私は理系を選択して、まあそのおかげで今の私があるのですから、
別に後悔しているわけではありませんが。




で、理系を選んだ理由ですが、ここでようやく冒頭のネタに戻って、
『読書感想文を書くのがイヤだったから』なのです。

今でこそこんな駄文テキスト&コメント型ニュースサイトをやってるわたくしルイナさんですが、
当時は…ってか今でもなんですが、「読書感想文」がニガ手もいいところだったのです。

もともと私は推理小説くらいしか活字媒体の読み物は読まない人間でして、
あとは冒険・SFモノくらいしか読まなかったのです。
そんなの学校で出される読書感想文の題材としては使いづらかった。

それでいて、今でもですけど文章構築力が絶望的で目も当てられないような
作文しか書けない人間だったのです。とにかく文章を書くのがダメ過ぎた。
「感想」と言われると、「ここがよかった」くらいしか書けなかったんですよ。

で、そういう読書感想文というヤツは、だいたい国語の授業で出されるものなんですよね。
だから、読書感想文が出される国語の授業が少ない理系に進んだのです。
…まあ、結局は読書感想文の宿題を出されて涙目になるんですが。
さらには、理系文系関係なく(卒業)論文を書かされるから
どっちに行っても作文やらされて涙目だったんですが。それはまあもうしょうがない。

とにかく読書感想文を書くのがイヤだった。
課題として出されると泣きそうになりながら書いていたものです。



…と、ここまで書いてようやく本題。
何で私は読書感想文を書くのがこれほどまでにイヤだったのか?

その理由のひとつは、「ムリヤリやらされていたこと」だったからです。

まあ授業の一部ですから、ある程度のムリヤリはあってしかるものですけど、
それでもやはり、強制されてやる行動というものは身も入りにくいものです。
これは読書感想文に限らず、勉強全般やスポーツその他もろもろにも言えることですが。


そしてもうひとつ。

「読書感想文を書くのが好きになれなかった」という理由もあるのです。

ムリヤリやらされたから、書くのがキライになり、
「自分から書こう」という意思を育むことができなかったのです。



物事は、すべからく「好きになれるか」でその色を変えてきます。

勉強もスポーツも、何であってもそれを好きでいれば、やってて楽しいものです。
楽しいからこそ、さらに勉強・スポーツ等をやりたくなり、楽しくて好きになる。
まさに「好きこそものの上手なれ」ということわざの通りなのです。

しかし、人間の性質として、強制されることはどうにも苦手なのですね。
ある種の反骨心が働くとでもいうか、どうも反発するフシがあるのです。

子供の「勉強嫌い」が発生するのも、こういうところにあるのではないかと私は思うのです。
勉強を「強制」されているから、それに反発してしまいキライになってしまう。

大人になって勉強をするのが楽しくなるというのも、
勉強が「強制」される状況で無くなったからだと思うのです。
ある種の「趣味」になるわけです。

趣味でやるなら楽しくて、楽しいから好きになり、好きだからどんどんやりたい。
そういう流れになっているんだと私は思います。
自分から「やりたい」と思うようになるんです。



話がムチャクチャになっているので、まとめると、


・勉強であれスポーツであれ何であれ、なんでやりたくないのか?
 それは「嫌い」だから。

・勉強であれスポーツであれ何であれ、なぜ嫌いになる、なってしまうのか?
 それは「無理矢理やらされる」から。

・勉強であれスポーツであれ何であれ、好きである、楽しいというのはどういうことか?
 それは「趣味」だから。

・そして、「趣味」は楽しいものだから、「自分からやりたい」と思うのである。

・「自分からやりたい」と思えることは、吸収も良く、効率も良いのである。



以上のことから、成績を良くしたい、上手くなりたいと思うのなら、
「好きになること」が必要なんじゃないかと思うのです。

好きなことって、いくらでもやりたくなるじゃないですか?
そしてやるにあたっては、だれかから強制されてやるわけではなく、
自分からどんどん進んでやっていくじゃないですか。



だから私は思うのです。(学校)教育で最も重要だといえるのは、
「いかに『学ぶこと』を好きになるか」ということを教えることなのではないかと。

簡単にできれば苦労はしませんし、問題にもならないのですが、
やはりただ単に押し付けるだけじゃ上手く回らないのではないかと思うのです。



今現在、私はこんな駄文テキストを書くのが好きになっています。
だからどんどん書きたいと思えるし、続きもするのです。





次回予告ッ!
ある日ブラブラしていると、突如目の前に闘技場が出現した!
そうそうたるメンバーが勢揃いする中、管理人は無謀にもその中に突入する!!!
次回、「闇鍋ブログが今○○○を脱ぐ!!」!脱ぎ捨てるのはベールか闇の衣か、それとも!!?

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